国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from "budo" in U.S.A. 2002年10月18日刊行

広瀬浩二郎

● プリンストンでおまえは何やってるんだ!?

プリンストンに到着してちょうど1ヵ月。こちらでの生活にもそろそろ慣れ、「研究」の環境も整ってきた。「アメリカの食事は質より量という感じでおいしくない・・・」のが唯一の不満だが、そんな「too much food」にうんざりしながら、「まずい」と言いつつ、もりもり食べている自分にもいささかうんざりしている毎日である。学生にもどった気分で授業に出席したり、あちこち「探険」していると、いきなりの「原稿依頼」だ。まあ、みなさんに忘れられないためにも、たまには仕事をしなくては・・・!といっても、アメリカでの日本研究の状況や大学事情については僕よりはるかに詳しい方々がおられるので、いいかげんなことは書けない。ならば、やはり僕の得意分野(?)である武道について紹介することにしよう。こんな内容だと、ますます「何やってるんだ」とのお叱りの声が聞こえるようで・・・!?

今秋からスタートしたNHKの「朝の連続テレビ小説」で合気道が採り上げられているのは、みなさんご存知だろうか?余談だが、昨年4月に民博に着任して僕がいちばんうれしかったのは、少なからぬ教官が朝の(時には昼の?)連続テレビ小説を楽しんでいることだった。大学院生時代、「あんなのを見てるのはおばちゃん族とおまえだけだぞ」と友達にさんざん馬鹿にされていた僕は、「なんてすばらしい職場なんだろう」と心から思ったものだ。

その朝ドラで合気道である!じつは番組作りに全面的に協力しているのが、僕の普段通っている豊中の合気道道場なのだ。僕たちの師範が出演者に演武指導をし、兄弟弟子の何人かはエキストラとして参加するとのことである。僕も日本にいたら、チラッとドラマに出れたかもしれない・・・、そしたら我が愛すべき朝ドラ仲間の先生方に自慢できたのに・・・などと思いながら、民博の研究室よりずいぶん広いアパートでこの原稿を書いている(なんだか、だだっ広いと道場みたいで落ち着かないなあ・・・)。

さて、前置きが長くなったが、その合気道がアメリカでけっこう盛んなのだ。黒澤映画の影響などもあってか、大きな大学には一通り武道系のクラブが揃っている。プリンストンでも柔道・剣道・空手などが学生を集めている。そんな中でももっともポピュラーなのは、動きも派手でオリンピック種目にもなったテコンドー。全米規模の大会も年に数度開かれているらしい。我が合気道クラブも、小規模ながら20余年の歴史を持ち、週3回の稽古を行なっている。

日本史を研究している僕にとって、「日本」が異国でどのように受け止められているのかは興味深い。初めは「『too much food』に負けず痩せるぞ」、「英語がわからない分、せめて武道で優越感を味わってやろう」といった不純な動機で参加した合気道クラブだったが、今では日本の道場とはやや異質の稽古をすっかり楽しんでいる。黒帯をしていて尊敬されたのは初日だけで、最近では「hey, Kojiro」とか言われながら汗だくになっている。

日本でも合気道は名前のわりに内容が知られていないが(みなさん、朝ドラで学習してくださいね)、アメリカでも「何か武道を習いたい」という軽い気持ちで入門してくる人が多い。いろいろな武道のデモを見学して、テコンドーなんかより動きの柔らかい合気道と出会い、「これならできるかも」と入部してくるようだ(そう簡単でないことは、すぐにわかるのだが・・・)。9月初めに行なわれた合気道クラブのデモには30人ほどの学生が集まってくれたが、おそらくその中で部員として残るのは2・3人だろう。

では、実際に入部するかどうかは別として、なぜアメリカ人が武道に魅力を感じているのか。我がクラブは総勢10人程度で、意外に高年齢層が多い。学部生は数名で、残りは大学院生や大学の職員、助手などである(おじさん扱いされないのも、僕にとってはうれしいことだ)。彼らはハードな勉強・仕事の合間に道場に来るのだ。それは単なる「気分転換」というだけでなく、日常の激烈な生存競争からのある種の「いやし」を求めているような気がする。

日本の武道の中でも、合気道は精神面の鍛錬を重視するのが大きな特徴である。「戦わずして勝つ」という理念の下、試合(競技)は原則的に行なわない。そのような競争のない「武」の世界が、弱肉強食を原理とするアメリカ人を引き付けているのだろう。日本の大学の武道系クラブの場合は、稽古の後の「ちょっと1杯」が「いやし」になっているが、アメリカでは稽古直前にみんながばたばたと集まり、稽古が終わればさっさと帰っていく。「いやし」とビジネスのけじめははっきりしている。最初は何か物足りないなと思っていた僕も、このごろでは「稽古を『いっぱい』やればいいや」と納得している。

もう少し日米の違いを挙げてみよう。日本では、新入門者はまず受身や基本技など基礎的な練習をみっちりやらされる。ところが、こちらの道場では(無論、人数が少なくてクラス分けする余裕がないためでもあるが)、とにかく実践重視だ。初心者も上級者と組んで、「習うより慣れろ」という感じでどんどん難しい技に挑戦させられる。

基礎からじっくり積み上げていく日本式と、実践また実践のアメリカ式。どちらが優れているとはいえないし、個人の好みもあるだろう。だが、積み重ねか実践かの相違は、合気道の世界だけではないのかもしれない。中高と懸命に英語を勉強したのに、いまだに満足にしゃべれない僕にとって、1・2年日本語のクラスを取っただけで流暢な日本語を操るアメリカの学生は不思議だし羨ましくもある。アメリカの大学の会議と民博の「研究部会議」を比較してみるのもおもしろい(怖い?)フィールドワークになりそうだ。

その他、流暢とはいえない変な日本語の単語が飛び交うのも、アメリカの道場の特徴だろう。道場では日本の師範の下で修行したアメリカ人の「sensei」が英語で指導するわけだが、「うーん、英語が聞き取れない・・・」とあきらめかけていると、突然「katate, ryote, nage」などの単語が耳に飛び込んでくる。武道用語は翻訳しにくいこともあるが、日本での技の説明とどこが同じで、どこが違うのか。帰国したら「合気道にみる異文化接触」なんていう論文(?)が書けるように、観察を続けていきたい。

そんなわけで、相変わらずマイペースで調査らしからぬフィールドワークをやっている。みなさんに忘れられぬためにも、(たぶん)来月から不定期に「アメリカ日記」(仮題)をHPに連載するので、どうぞよろしく!

では、「hello, sensei」と、今日も元気に稽古に行ってきます~♪

広瀬浩二郎

***2002年9月1日~2003年8月31日まで、米国プリンストン大学にて 『人類学からみた「バリア・フリー」に関する研究』のため渡米中***

◆参考サイト
プリンストン大学・合気道クラブ