国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Iran 2003年7月17日刊行

山中由里子

すでに3ヶ月前のことになるが、この春、久方ぶりにイランに行った。まだ隣の国イラクが米軍の爆撃を受けている最中であったので、周囲から心配の声もあったが決行することにした。

ヨーロッパ経由で行ったのだが、ドイツ、フランスではさかんに反戦デモが行われており、家々の窓やバルコニーにはPACE(平和)(*1)と書かれた虹色の旗が掲げられていた。日本政府がアメリカのイラク攻撃を認める立場をとっていたので、イランで「お前ら日本人はアメリカの仲間だ」と嫌がらせをされたりするのを恐れて、平和バッジをつけていこうとすら考えたのだが、結局見つからずそれはあきらめた。

緊張してテヘランのメヘラバード空港におりたったのだが、入国管理の係官は英語で冗談口をたたくほど愛想が良い。以前は大変厳しかった荷物チェックもまったくなし。肌を顕わにした服の写真などが載っているので、絶対に没収されるだろうと覚悟していたフランスのファッション雑誌もパス。あまりのあっけなさに驚いてしまった。

テヘランの街中は、メキシコシティーに次いでひどいと言われている公害、ドライバーたちの無謀な運転、点滅するだけで交通整理の役割を果たしていない信号などに由来する移動のストレスを除けば、聞いていたとおり、いたって平穏であった。むしろ数年前に比べると、人々の暮らしはだいぶ自由になっているという印象を受けた。それを何よりも顕著に表していたのは、女性のルーサリー(ヴェール)やマントー(肌を露出させないためのコート)である。ルーサリーは、以前は黒か紺といったような、地味な色に限られていたが、空色、ピンク、薄紫といったようなパステルカラーまで見かけるようになっていた。マントーも、数年前の黒いずた袋のようなものでなく、腰の線を強調し、スリットがかなり深く入り、裏地の色を変えたおしゃれなデザインのものや、デニム地のものが出回っていた。私自身、数年前に調達したマントーがあまりにださくて恥ずかしいので、テヘラン・マダムに倣った最新デザインものを何着か買い揃えた。

街中での外国人に対する敵対心などは全く感じられなかったが、国営テレビで流されている反米・反戦プロパガンダ──ヒットラーとブッシュを重ね合わせた映像や、爆撃で片腕を失い、首から下に全身火傷を負ったイラク少年の発言など──は、かなり強烈だった。

イラン入りした翌日に、バグダッドが陥落した。フセインの彫像が民衆に引き倒されている写真が道端で売られている新聞に載っているのをみて知った。その数日後、テヘランの北の郊外にある、パフラビー王家の宮殿が残されている公園を訪れたのだが、そこには四半世紀ほど前のイラン革命の際に引き倒されたシャーの彫像の膝から下の部分だけが、革命の記念碑のように立っており、倒されたフセイン像と重ね合わせて見ずにはいられなかった。そして、恋人たちや家族がのんびりと散策する緑あふれる公園で、25年後のイラクに思いをはせた。

山中由里子(博物館民族学研究部)

◆参考サイト
(*1)パーチェ:イタリア語で平和の意味  Pace da tutti i balconi!
外務省ホームページ:イラン・イスラム共和国
IranOnline.com