国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Phnom Penh  2004年9月17日刊行
福岡正太

● アジア太平洋民族音楽学会―アジア音楽の研究をアジアで

8月の末にカンボジアのプノンペンで開催された第9回アジア太平洋民族音楽学会会議に参加した。今回の会議は、かつて客員教授として民博にもいらっしゃったサムアン・サムさんが中心となって組織したものである。彼によれば、アジア太平洋地域17カ国の研究者が参加したそうだ。

第2次世界大戦後、民族音楽学は北米を中心として発展してきた。アジア地域の音楽の研究も民族音楽学の課題の1つと捉えられ、多くの北米の研究者がその課題に取り組んできた。しかし、アジア太平洋民族音楽学会の設立者の1人、フィリピンの故ホセ・マセダさんは、早くからそうした状況に疑問を投げかけていた。北米の研究者は、結局、北米社会における研究者としてのキャリアのためにアジア音楽の研究を行っているだけではないか、と。

1994年にこの学会が設立された背景には、自分たちの音楽の研究を自分たちの手に取り戻したいという願いがあったということは確かだろう。

しかし、実際には問題はそれほど単純ではない。とりあえず学問的な成熟度は別の課題として、北米とアジア地域(学会の看板は「アジア太平洋」だが、実際には東アジアと東南アジアの研究者が中心となっている)の力関係のバランスをとろうと目指すのは良い。しかし、自分たちの中の力関係はどうだろうか。陰ではこの学会を「アジアのいばりんぼう」の集まりと揶揄する声もある。確かに、理事は理事会の指名制で、さらに終身制である。重要事項の決定権はすべて理事会にある。これも「アジア的」なのだろうか...。

また、アジア地域内の政治問題も学会に影を落としている。プノンペンでの会議は、国会議長のラナリット王子により開会が宣言された。そのとき舞台には、参加者たちの国の国旗が並べられていた。しかし、開会式後それらの国旗はいつの間にか撤去されていた。どうやら台湾の「国旗」があったことに抗議があったらしい。また、現在カンボジア・タイ両国間の関係が良好でないことを反映してか、今回はタイからの参加者がいなかった。

言語を含めて、アジア地域内の多様性を乗り越えて、実のある学会活動を進めるには、なお道は険しいというのが私の正直な感想だ。けれども、今回はサムアン・サムさんの努力で、これまでよりもずっと広い範囲の研究者が参加した。私自身も、この学会を通じて、多くのアジア諸地域の研究者とのつながりをもつようになった。問題はあっても、少しずつコミュニケーションを深めていく努力を重ねること、ここから新しい道が開けることを信じるしかないだろう。

福岡正太

◆参考サイト
会場となったパンニャサストラ大学のHP
ヴェトナムのメディアによる報道
第2回日経アジア賞を受賞したホセ・マセダさんの紹介