国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Malaysia 2005年3月18日刊行

信田敏宏

2005年1月下旬から1ヵ月ほど、調査のためマレーシアへ出張していた。マレーシアの内陸部に住む先住民オラン・アスリの人びとを対象とした人類学的調査を行なってきたのである。オラン・アスリの住む山間部には昨年暮れに起きたスマトラ島沖地震の直接的被害はなかった。しかし、「間接的」影響は見られた。ここでは、そのことを報告してみたい。

テレビでは、毎日のように、津波による被害の様子が報道されていた。日本ではスマトラ沖地震のその後の様子はほとんど報道されなくなっていたから、そのことは少し驚きであった。マレーシアは官民両面で様々な支援を積極的に行なっており、その様子も詳しく報道されていた。アチェ州出身の人も少なからずマレーシアには住んでいるし、アチェの友人も多いということもある。「同胞であるムスリムが被害を受けている」という気持ちも大きいようである。マレーシアでは津波による被害が少なかったので(実際には、ペナン島やクダー州で死者が出ているのだが)、私はてっきり人びとの関心も低いのではないかと思っていたが、実際には、その逆で、人びとの関心は高かった。

被害の様子を知らせる映像や震災当時に撮影された映像は、極めてストレートなものであった。日本のメディアのようにモザイクなどはかかっていなかった。列車のなかに置き去りにされた人びとの無残な遺体や、増水のため流されていく女性たちの映像も目にした。海岸に打ち上げられたおびただしい数の遺体を、ブルドーザーによって整理している映像も流されたようである。こうしたショッキングな映像や写真が、テレビや新聞で報道されていたようだ。「日本では、こうした映像は放送できないであろうから、死者が出ているにもかかわらず、あまり関心が持たれなかったのではないか」とつい考えてしまった。凄惨な映像によって、人びとの関心は高まり、それが様々な支援やボランティア活動につながっていくようにも思えた。

調査地の村に行ってみると、地震や津波の被害はまったくなかった。当初は、「『津波』という言葉は日本語なのだ」ということで話が盛り上がったくらいであった。だが、「津波以来、実は海水魚を食べていない」という話をあちこちで聞くことになった。彼らは、テレビで魚に食いちぎられたと思われる遺体の映像を見るに及んで、「人肉を食べた魚は穢れている」と思ったようである。魚ばかりではなく、イカやエビなどの海産物も食卓にのぼることはなかった。

こうした現象は、先住民であるオラン・アスリだけに起こったことではない。マレー人もそうであった。全国的に魚の買い控えが問題化していたようであり、新聞でもそのことが報道されていた。民博の杉本良男教授の話では、インドでも同じようなことが起こっていたようだ。「魚を食べない」現象はすぐれて文化的な現象と言えるようである。

「魚を食べない」という彼らの思考は、我々にも何となく理解できるものである。しかし、日本で「インド洋産のマグロが売れなくなった」という話は聞かないし、「津波のため、海水魚を食べない」と公言すれば笑われるだけであろう。「この差は何だろう」と立ち止まって考えてしまうのが人類学者である。ある種の「不浄観」が彼らに「魚を食べない」という行動をとらせていることはまちがいない。今回の未曾有の出来事で表出した不浄観というものが、いったいどういうものであるのかを考えていきたいと思う。

信田敏宏(研究戦略センター助手)

◆参考サイト
外務省ホームページ:マレーシア
マレーシア政府観光局:マレーシアの概要
アジア防災センター:マレーシアの防災情報