国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Geneva 2005年7月15日刊行

陳天璽

● 1つの空港に2カ国の出入国管理事務所?!

ヨーロッパにおいて激しく変容する国境のあり方、そしてそれを越境する人々や国籍ついて知りたいと思い、私はスイスを訪問した。

永世中立国として有名なスイス。ヨーロッパ連合(EU)には加盟しておらず、貨幣もユーロではなくスイスフランのままである。ヨーロッパ域内の出入国手続きの簡素化、つまり人の移動に関して国境チェックの廃止を目的にした「シェンゲン協定」にも参加していなかった。しかし、私がスイスに滞在している間、国民投票が実施され、スイスの同協定への加盟が可決された。2007年末までに発効される予定で、その後は、スイス国民とスイスのビザを持つ人がEU域内で移動する際、国境審査が必要なくなる。

スイスというと、周りをヨーロッパ各国の囲まれ、あちこちが国境である。私が滞在しているジュネーブを見ても、国境は23箇所ある。2007年にようやく国境審査がなくなるとのことだが、実は現在すでに国境の存在が薄まっていると言っても過言ではない。ジュネーブに住んでいる人が、スイスとフランスの国境を越えるのは日常茶飯事で、人々は「ちょっとお買い物に」といった感じで日々気軽に国境を越えている。そんなジュネーブには、一日に7千人もの人が国境を越えフランスから通勤しているそうだ。

そんな国境が入り乱れた町ジュネーブで、とても不思議なことを発見した。ジュネーブ国際空港である。ジュネーブの空港では、なぜかフランス行きと、その他の国で二つの出発出口がある。空港の出発ゲートの案内看板からもそれが一目瞭然だ。

外国に行く場合、各航空会社のカウンターでチェックインを済ませ、荷物を預け搭乗券をもらってから、出入国手続きゲートを通るのが通常である。しかし、ジュネーブ国際空港では、フランス以外の国に関しては通常通りだが、フランスにいく場合だけはちょっと違う。

「フランス行き」という看板があり、フランスに行く人たちは、チェックインもせず、荷物を持ったまま、その黄色い看板の下にあるゲートを通っている。眺めていると、ガラスでさえぎられたそのゲート内で、人々はブースで必要書類を書いていたり、パスポートを職員に見せたりしている。また、ゲート内には、小さいながら免税店もある。

「え?まさか」とは思ったが、ガラス越しに見えるそのゲートは、もうすでにフランス領のようだ。ゲートを越えたところに、やっとフランス行きの便のチェックインカウンターが並んでおり、そこで「国内線」という扱いで、はじめてチェックインをし、荷物を預けたり、搭乗券をもらったりするようだ。もちろん、フランスの目的地についてからは、出入国審査はない。

つまり、ジュネーブ空港という同じ建物のなかにもかかわらず、そのゲートではフランスの出入国手続きがなされており、人々はフランス領に入っているのである。フランス以外の国に行く人は、他の出入国ゲートがあり、そこではスイスの出入国管理の職員による審査が行われる。

ようするに、ジュネーブ国際空港に、2カ国の出入国審査ゲートがあるということだ。フランスとスイスが共存する空港。その不思議な構造の中に身を置きながら、越境をする人たちを眺め、彼らがどんな意識を持っているのか、国境はどんな意味を持っているのか、激しい興味にかられた。

陳天璽(先端人類科学研究部助教授)

◆参考サイト
スイス連邦(外務省ホームページ)
ジュネーブ空港(スイスインターナショナルエアラインズ)
スイス政府観光局オフィシャルサイト
EU加盟国(外務省ホームページ)