国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Peru  2006年11月16日刊行
関雄二

● 世界遺産マチュ・ピチュをめぐる騒動

この1年ほど、ペルーのマスコミでは、世界複合遺産であるマチュ・ピチュの出土品をめぐる話題がよく取り上げられます。マチュ・ピチュは、1911年7月24日、エール大学のハイラム・ビンガムによって発見された遺跡です。スペイン征服後も、熱帯雨林地帯に潜み、ゲリラ的抵抗を続けたとされる新インカ帝国の都を探す旅の途上で、彼が見つけた遺跡でした。このとき出土した品はペルーから持ち出され、今日まで大学附属ピーボディー博物館に保管されてきました。これを返還せよと、ペルー政府、文化財関係者、マスコミが主張しているのです。   
http://www.csmonitor.com/2005/1229/p01s03-woam.html

この件は、国会での審議事項にまでのぼり、さらに7月の交代式を前に、トレド前大統領が二国間貿易協定のため渡米した際、ブッシュ大統領に直談判しようとした形跡もあります。

発端は、2003年に、エール大学のアンデス考古学者が、ビンガムのコレクションを用いて「マチュ・ピチュの神秘を暴く」と題した展覧会を開催したことでした。最新の科学技術を導入し、改めて資料を分析することで、ビンガムの恣意的な解釈に疑義を投げかけるという画期的な展示でした。ところが、この展示がペルーを刺激したようです。

一部の返還と博物館への技術提供を抱き合わせたエール大学側の提案と、ペルー政府の全面返還案とは依然平行線をたどっています。文化財の保存体制が整っていた米国だからこそ失われずに保管されてきた点は評価すべきでしょうが、この問題の背景には、文化財をめぐる複雑な社会状況があることを忘れてはなりません。一つは、新自由主義経済の流れの中で、文化財の活用に注目が集まっている点です。一方で、近年、文化財の流出が増加し、欧米のアンティーク・マーケットの中で自由に流通していることに業を煮やした途上国側が、以前にもましてナショナリスティックな態度を示し始めた点も関係していましょう。文化財の帰属問題はじつにやっかいなのです。

関雄二(研究戦略センター)

◆参考サイト
外務省ホームページ ペルー共和国