国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from the Oslo  2007年4月18日刊行
中牧弘允

● JAWSオスロ大会と民博

今年のオスロは3月の中旬にもかかわらず、道路に雪はなく、空は晴れわたり、北欧の冬の厳しさを感じさせない"異常気象"だった。春分が近いせいで日照時間も日本と変わりなく、暖冬の大阪から行っても、気候にさほど違和感はなかった。

オスロ滞在の目的はJAWSの第18回大会だった。JAWSはジョーズと発音し、Japan Anthropology Workshop(日本の人類学研究会)の略称である。オスロ大学文化史博物館のアルネ・レックム教授がホストをつとめ、14日から17日にかけて開催された(写真1、2)。参加者はヨーロッパを中心に100名を超えた。

オスロ大会は大学博物館の利点を生かした学会の開催という点で興味ぶかかった。まず全体テーマとして「Japan and Materiality in a Broader Perspective (より広い視角からみた日本と物質性)」がかかげられ、物的資料をあつかう博物館の利点を前面におしだしていた。それに呼応して、モノにこだわったパネルが組まれ、博物館ならではの報告が相次いだ。

初日の基調講演ではジョイ・ヘンドリー教授(オックスフォード・ブルックス大学)が「Rewrapping the Message: Museums, Healing and Communicative Power(メッセージを包みなおす-博物館、癒し、コミュニケーション力)」と題して、アイヌ、イヌイット、ハイダ、ニュージーランド・マオリなどの民族や沖縄、ヴァヌアツなどの地域をとりあげ、博物館展示における自己表象の問題、差別・偏見・同化あるいは劣等・絶滅などのレッテル貼りからの癒しの課題について論じ、それを過去形で語ることはその持続性を否定することにつながりかねないと警鐘を鳴らした。

つづく特別講義ではブライアン・モーラン教授(コペンハーゲン・ビジネススクール)が高価な線香をたきながら「Making Scents of Smell: Incense in Japan(香りをつくる-日本のお香)」という最近の調査にもとづく報告をおこなった。香りの文化を語る豊かな語彙をもっていないとする指摘には異論がおおく出されたが、「抹香くさい」とモノに比することはあっても、におい自体を表現するコトバとなると、たしかに色などにくらべると貧弱かもしれない。嗅覚に関する人類学のパイオニア研究となる可能性を感じさせるものがあった。

そのあと、大会にあわせて文化史博物館の階段の踊り場に企画された「沖縄の仮面と旗」の展示がオープンした(写真3)。レックム教授は沖縄や台湾をフィールドとし、八重山列島の仮面(レプリカ)や旗を収集・展示することに意欲を燃やしていただけに、その夢がかなったことに安堵した。

レックム教授とモーラン教授はそれぞれ1年間、民博の客員教授をつとめたことがある。ヘンドリー教授もこの1月に民博にやってきて、何人かの研究部スタッフと意見交換をしていた。そうした交流や滞在が今回の大会にいくばくか反映されることになった点で、正直、民博のホスト役をつとめた身としてはありがたいことであった。

さて、パネルでもモノにこだわって「ペット動物」「夢の物質化」「手」「日本と“西洋”のグローバルな邂逅(かいこう)における物質文化」「渋沢敬三と近代日本における社会科学の可能性」などのテーマがとりあげられた。紙幅の制約もあり民博との関連だけで言うと、「夢の物質化」のパネルでは総研大院生の八巻惠子さんがエリカ・バフェリさん(法政大学、学振外国人研究員)と一緒に秋葉原の“メイドカフェ”や“萌え”について発表し(写真4)、「手」のパネルでは林勲男助教授とわたしがそれぞれ中越地震への“手助け”と新宗教における“手”の表象について報告した。民博ではアチック・ミューゼアム・コレクションでなじみの(しかし、日本の内外ではあまり知られていない人物である)「渋沢敬三」のパネルでは“絵引き”や民俗学・民具学の伝統の見直しについての意欲的なプレゼンがなされ、1930年代の貴重な映像とともに聴衆の関心をひいた。

最終日には全体セッションとして「多みんぞくニホン:民博の多文化主義」が組まれ、ネルソン・グレイバーン教授(カリフォルニア大学バークレー校)による2004年の特別展「多みんぞくニホン」をめぐる多文化主義からの評価と課題、つづいてその実行委員長をつとめた庄司博史教授のスライドを駆使した解説、さらにヘンドリー教授とわたしのコメント、ならびに質疑応答があった(写真5)。博物館が主催した大会を締めくくるにふさわしい企画ではなかったかとおもう。

わたし個人としてはオスロ行きにはもうひとつ、ひそかな楽しみがあった。というのも2004年の「世界青年の船」(内閣府主催)のノルウェー代表団の面々に再会できるとおもったからである。団長からの突然の“指令”にもかかわらず、オスロ在住の青年が3名、仕事がすんだ後、友人たちを誘ってカフェに駆けつけてくれた。こちらも日本からの参加者によびかけ、楽しく有意義な交流ができた。こうして寒いオスロの街で、昼夜を問わず、ホットな“ジャパン・ウィーク”がくりひろげられたのである。

中牧弘允(民族文化研究部教授)

◆参考写真(2007年3月撮影)

写真1 オスロ大学文化史博物館の入り口
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写真2 日章旗とオランダ国旗がはためくアールヌーヴォー様式のファサード
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写真3 沖縄の仮面展から
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写真4 “メイドカフェ”と“萌え”の報告風景
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写真5 「多みんぞくニホン」を取り上げたセッション(撮影:住原則也)
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◆参考サイト
JAWSオスロ大会のウェブサイト
『民博通信』97号 2002年28頁 中牧弘允「伊豆・沖縄諸島再訪の旅―アルネ・レックムさん」
『民博通信』110号 2005年28頁  中牧弘允「客員研究員の紹介―ブライアン・モーランさん」
外務省ホームページ「各国・地域情勢 >ノルウェー王国」