国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Noumea  2007年5月17日刊行
白川千尋

● ニューカレドニアの日本人観光客とヴァヌアツ人移民

「天国にいちばん近い島」のフレーズで知られるニューカレドニア。多くの日本人観光客を集める南太平洋に浮かぶフランス領の島。その中心都市ヌメアを昨年(2006年)8月、数年ぶりで訪れた。と言っても観光ではなく、ヴァヌアツ人移民の調査のためだ。ニューカレドニアが多民族社会であることは、日本ではあまり知られていないが、先住民のカナクをはじめ、ヨーロッパ系の人々、ウォリスとフツナ、タヒチといったポリネシアの島の人々、ベトナム系の人々など、実にさまざまな人々が暮らしている。ベトナムはかつて、ウォリスとフツナ、タヒチは現在もフランス領であり、同じフランス領であることからニューカレドニアにやって来た人々が多い。ヴァヌアツ人の移民が多いのも、ニューカレドニアの北隣のヴァヌアツが、かつてフランスとイギリスの共同統治領だったことによる。

ヌメアで私が訪ねたヴァヌアツ人移民のなかに、10年来の友人JEがいる。ヴァヌアツ人移民2世の妻、幼い2人の娘たち、港湾労働者だった年老いた父とともに、ヌメア郊外の海に面した小さな家で暮らしている。「海に面した」と言えば聞こえは良いが、敷地のすぐ隣はマングローブの生える湿地帯で、以前泊めてもらったときには蚊が多くて満足に眠ることができなかった。むき出しのコンクリートの壁にトタンの屋根がのっただけの粗っぽいつくりの家には、窓が少なく、昼間も薄暗い。アンスバタやシトロン湾などの観光地の近くにみられる瀟洒(しょうしゃ)な家々とは、かなり趣が違う。加えて、彼の車はフロントガラスに蜘蛛の巣状のひびが走り、ドアを閉めるのにちょっとしたコツのいるオンボロ車である。

JEはツアー会社のバス運転手をしている。ヌメア中心部から1時間ほどかかる国際空港とリゾートホテルの間を、観光客を乗せて行き来している。利用者の多くは日本人、バスに同乗するツアーガイドも日本人だ。そのように彼は日々、日本人と接しているが、日本には行ったことがない。日本と同じくらい物価の高いヌメアで家族を養うのに精いっぱいで、日本どころか親族のいるヴァヌアツを訪ねることさえままならないらしい。もちろん仕事にありつくことのできない者に比べれば、マイホームもマイカーももっている彼は恵まれているが、さりとて楽な暮らしをしているわけではない。

日本人観光客のほとんどは、JEのような移民たちが「天国にいちばん近い島」の基幹産業である観光業を下支えしていることも、彼らの生活が「天国にいちばん近い島」や「南海の楽園」のイメージから遠いものであることも、おそらく知らないだろう。日本人観光客にとって、彼らは自分たちの生活を左右するような大きな存在であるわけでもない。しかし、JEたちからみれば、日本人観光客はその数の増減が暮らし向きに直結する(減った場合は失業もあり得る)という点で、文字どおり生活を左右する存在である。こうしたある種不均衡な関係のもと、JEのような移民たちと日本の人々は結びついている。そのことを示すためではないが、民博でこの9月から始まる特別展「オセアニア大航海展」では、南太平洋をはじめとした海域世界に生きる人々の、「南海の楽園」イメージには収まらない多彩な生活が取り上げられる予定である。乞御期待。

白川千尋(先端人類科学研究部)

◆参考写真(2006年8月白川撮影)

写真1 オルフェリナ湾のヨットハーバー(06年8月28日)
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写真2 ヌメア中心部の一画。右手の建物にヴァヌアツ領事館が入っている(06年8月27日)
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写真3 JE宅近くの海。手前にマングローブ林、向こうにニッケル工場(06年8月27日)
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写真4 あるヴァヌアツ人移民一家が暮らす家(06年8月27日)
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◆参考サイト
ヌメア地図(ニューカレドニア観光局)
ヴァヌアツ概要(日本外務省)
オセアニア大航海展(民博)