国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from China  2007年8月22日刊行
塚田誠之

● 出稼ぎ移民と民族意識

1990年代以降、中国では出稼ぎを目的にした内陸部から沿海部への人口移動が盛んである。広東の珠江デルタ地域に限っても少なくとも3千万もの人々が出稼ぎ移民だと言われている。出稼ぎ移民には少数民族も含まれる。少数民族の人々は出稼ぎ先でどのようなネットワークを構築しているのだろうか、そのことは彼らの民族とどう関わるのか、彼らはどのような民族意識をもっているのだろうか。

Lさんは広西壮族自治区のある県のヤオ族の出身で、珠江デルタの都市のメガネ工場で働いている。高校を中退して出稼ぎへ出て、各地を渡り歩いて、6年前にこの工場に来た。母方のイトコの紹介によるという。2人の兄も出稼ぎに出ているが、うち1人は同じ都市の別の工場で働いている。ほか母方のイトコやオジ、さらには故郷の村人、近くの村の人も同じ都市に出稼ぎに来ている。彼らとは週末に食事をするなど親しくつきあっている。故郷の村の一帯の地域はチワン族・ヤオ族の雑居地域なのでつきあいのある人にはチワン族もいる。村だけでなく、同じ県の出身の人、同じ省(広西)の出身の人とも関係を保っている。また、工場の同じ部署の人たちとも親しい。同僚には同郷者よりも他の県や省の出身の人が多い。Lさんが以前に病気になったときには、最初は同じ村の人に借金を頼んだが、解決できずに、同郷の近くの村の人にもあたってみた。結局、職場の同僚である別の省出身の漢族の人が治療費を工面してくれたという。

出稼ぎにきている少数民族の日常的な付き合いの範囲として、かねてからの知り合いの血縁関係者や同郷出身者が多いことは自然な現象である。また工場の同僚とも、日常的に一緒に仕事をしているので連帯感が生じやすい。しかし、同じ民族の出身ということが必ずしも無条件で連帯の要因にはなりにくい。身分証明書に民族名称が明記されていても、広西出身の一般の工場労働者に限ってみた場合、民族意識は必ずしも強くないようである。こうした現象は、中国における民族という枠組みのもつ意味に再考を迫るように思われてならない。

塚田誠之(先端人類科学研究部)

◆参考写真

写真1 出稼ぎに来た人々でにぎわう広州駅
写真1
写真2 出稼ぎに来た人々でにぎわう広州駅
写真2

◆参考サイト
中国概要(日本外務省)