国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

エルカブ  2007年9月12日刊行
ローレンス・A・リード(Lawrence A. Reid)

フィリピン北部の山岳地域にあるギナアン村に暮らしていた、友人であり言語調査の協力者でもあった故パコラン・カタイ氏が祖父から受け継いだものである。1963年に私に贈られたときには造られてから100年を超えていた。すでに実用には付されなくなっており、この個体は村に残る最後のひとつだったらしい。硬い基部、こまかく並ぶ細い竹からなる胴の部分はまるくふくれた形をしており、それが上部にむかってまた細くなっている。同じく竹で編まれた栓が、この細い口にぴったりはまりこむようになっている構造は、魚を捕らえるための罠を思い出させるが、意外にも、これは「チョンチョン」を入れるためのものだという。「チョンチョン」というのは現地語でイナゴのこと。「自分の祖父の時代には」とパコラン、「足の長い虫の大群が飛んできて、田に実っている米がきれいさっぱり食べつくされてしまうことがよくあったのだ。」村の人びとは昔、イナゴの群れが通り抜けてくる峠の細い小道に登り、飛んでくる虫を木の枝ではたき落としてカゴいっぱいに詰め、持ち帰っては炒めて食用にしたという。いわれてみれば目の前にあるカゴにも、断崖を見下ろす切り立った山道を村まで持って帰るのに必要であったであろう、背に負うための肩ひもがついていた跡がかすかに残っている。

カタイ氏が最初に取り出してきたときには何層にも積もっていた黒いススをきれいにすると、その下から魔法のように風格に満ちたあめ色の古つやがあらわれた。パコランの祖父からパコランを経て私、そして民博へと、時間と空間を越えて旅を続けたこのカゴは今、みんぱくのオタカラのひとつとして大切に保存されている。

ローレンス・A・リード(Lawrence A. Reid)
(ハワイ大学名誉教授)
訳・菊澤律子

(エルカブの他、パコランさんから生前にリード博士に贈られた工芸品の品々の多くは、「オセアニア大航海展」のフィリピン・セクションで展示される予定です。)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0230545 / 標本名:エルカブ

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