国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Sumatra, Indonesia  2008年4月16日刊行
金子正徳

● 開発英雄譚

私は2008年2月初旬から約1ヶ月間、インドネシア共和国ランプン州で現地調査を行っていた。ランプン州はスマトラ島南端の広大な州で、胡椒やインスタントコーヒー用豆の世界的な産地のひとつである。州北部はマラッカ海峡、東部はスンダ海峡に面している。それぞれの海峡は、海上交通の要衝として知られている。スンダ海峡を越えた先の島は、北西部に首都ジャカルタが位置するジャワ島である。スマトラ島とジャワ島の間の物流は、スンダ海峡を横断するフェリーの運行に支えられている。2007年10月に、スンダ海峡を横断してジャワ島とスマトラ島をつなぐ吊り橋の建設可能性を探る調査を行うことが決まった。

この吊り橋が完成すれば、インドネシア経済の中心である首都ジャカルタと、スマトラ島各地の経済が陸路でつながる。ランプン州は、そのスマトラ島側の物流拠点となる目算がある。この吊り橋は、ランプン州の人びとにとって、進歩と経済発展の象徴である。「日本にもそういう橋がいくつも架かっているのだろ?」と目を輝かせる人びとは、スマトラ島で2番目に貧しい州と言われるランプン州が飛躍的な発展をとげると期待している。日本では、島嶼(とうしょ)間の架橋によって地域経済が冷え込んだ事例もあるが、いまのところ、ランプン州内では肯定的に捉えられている。

この吊り橋に関しては「現ランプン州知事にとって現大統領は警察時代の後輩だ。巨費を投じる建設決定に尻込みする大統領に、先輩として強い態度で直談判したからやっと決まったんだよ」という英雄譚が、まことしやかにささやかれる。文化人類学の駆け出し研究者としては、ランプン州の人びとが、開発をそのようなパーソナルな関係性へと還元して理解しているという事実や、そんなささやきのなかから社会的立場による認識のズレなどを取り出して分析していくことが、いまだ口コミのほうが強力な情報伝達手段である社会のありようを理解するための糸口として気にかかるのである。

金子正徳(機関研究員)

◆参考サイト
インドネシア概要(日本外務省)

◆関連記事
AFP BBNews:2007年10月30日「インドネシアの地震多発地域で世界最大のつり橋建設へ、安全性は?」
FT.com (Financial Times):2007年10月3日「Indonesia plans world's longest bridge」