国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

“さわれる”魔力、“さわる”魅力  2008年6月18日刊行
広瀬浩二郎

民博は展示物に“さわれる”博物館である。さまざまなモノがこれほど大量かつ無造作に露出展示されているミュージアムは、世界的にも珍しい。手を伸ばして“さわれる”モノには自由にさわってもいいというのが、開館以来の基本スタンスである。しかし近年、展示場での事故、資料の保存などを考慮し、この“さわれる”古き良き伝統は積極的にアピールできない状況となっている。展示物に“さわれる”ことがわかると、触覚を使った鑑賞法に慣れていない人びとは乱暴になる。来館者の思いがけないいたずらにより、貴重な資料が傷つけられる被害は枚挙に暇がない。

来館者を乱暴にする“さわれる”魔力ではなく、あくまでも民博は“さわる”魅力を発信し続けていきたい。“さわる”魅力は、大きく“さわる”創造(想像)力と小さく“さわる”集中力によって育まれる。たとえばカヌー(OS0073、ヤップ島・ミクロネシア連邦)にさわってみよう。木の質感を手のひらで楽しみながら、両手を前後、左右、上下に大きく動かし、点だった触覚情報を線、面へと広げていく。船首の特徴的な形、湾曲した船底、あるいは船の内側と外側の感触の違いを手で確かめ、漁労民の生活を想像してみるのも興味深い。

次に極北のイヌイット・アートにさわってみよう。「わが精霊と踊る」(H0227913)はユーモラスな熊の石製彫刻である。手のひらで石のつるつる感、ざらざら感を確認した後、指を小さく動かし、彫刻の細部にゆっくり“さわる”。目で見れば一目瞭然、熊の姿はすぐに理解できるが、細かい技巧は指先で味わうのが最適である。指先に意識を集中し、熊の顔、手足を繰り返し触察する。口の中に指を入れてみるのも楽しい。あえて目をつぶって彫刻に優しく“さわる”体験は新鮮だろう。

民博は触文化(さわらなければわからないこと、さわって知るモノのおもしろさ)の宝庫である。展示物に丁寧に“さわる”マナーを守り、時に大きく時に小さく、あなたの手を動かしてみよう。今後も“さわる”魅力を来館者とともに発見し、後世へ伝えていける民博でありたい。

広瀬浩二郎(民族文化研究部)

◆今月の「オタカラ」
【上】標本番号:H0010100 / 標本名:カヌー(ヤップ島・ミクロネシア連邦)
【下】標本番号:H0227913 / 標本名:「わが精霊と踊る」

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