国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Korea  2008年7月17日刊行
佐々木利和

● 韓国での衝撃のことなど

今年の5月末。わたくしははじめてソウルの街角に立つことができた。長いあいだ、あこがれていた国でありながら、わたくしにとって、韓国はとてつもなく遠かった。遠い国であった理由はいうまでもない、そこにアイヌ資料がなかったからである。
あこがれていた理由はといえば、そこは『李朝実録』(巻一百四十)に「夷千島王遐叉(えぞがちしまのおうかしゃ)、朝鮮国王に書契を呈す」とある、その国そのものであるからだ。この記事は成宗十三年(1482)年に相当するときのことである。また15世紀の申叔舟(しんしゅくしゅう)『海東諸国記』には本州の北に「夷島」が描かれている。これは地図に記された世界最古の例となっている。蝦夷地と朝鮮の地と、古くは意外に情報の交換があった。しかし、現在の韓国ではアイヌ研究に対する関心は決して高くはない。
ところでわたくしが韓国に赴くことになったのは、ソウルの韓国国立民俗博物館と、プヨ(扶余)にある国立韓国伝統文化学校(といっているが実は芸術大学)で開催された韓国文化人類学会での客員講演のためである。5月21日から24日までのあいだ、同僚の吉本忍氏とふたり旅である。
吉本氏の報告は韓国には既に伝承されていない織機についてのものであり、韓国の研究者にとってはかなり興味深い内容であったことは、その後の質問の様子からもうなづけた。
わたくしはというと、日本史の中でアイヌがどのように扱われてきたかという内容である。韓国ではほとんど話されたことのないテーマであったが、両会場とも、静かにしかも深い関心をもって聞いていただいた。講演後、ひとりの老先生がわたくしのもとに来られ、現在、アイヌ文化を展示する国立博物館はあるのかと問われる。民博や東京国立博物館がそうだと申し上げると、そうではない単独の博物館ですとおっしゃる。ありませんとの答えに、では作る予定はと再び問われる。たぶん無理でしょうとの再答には、そうすると日本は世界から笑われることになりますよと言われながら去って行かれた。
韓国で、国立アイヌ博物館の必要性を指摘されたわたくしは大きな衝撃をうけたこというまでもない。

佐々木利和(先端人類科学研究部)

◆参考サイト
大韓民国 概要(日本外務省)
韓国国立民俗博物館