国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Seoul 2008年8月26日刊行

朝倉敏夫

● 民博「蔚山コレクション」の発見に始まる出版記念会

6月27日、韓国歴代首相の二人が参席した、ある出版記念会がソウル・クラブで開かれた。その席に、渋沢史料館の渋沢雅英館長、東京大学農業・資源経済学専攻の松本武祝教授、そして私の三人が日本から招かれた。出版された本は、『植民地朝鮮の農村社会と農業経済』(YBM si-sa)であり、表紙には「カン・ジョンテク先生生誕100周年記念論文集」とある。

このカン・ジョンテク先生と日本から招かれた三人を結びつけたのは、ソウル大学のイ・ムヌン名誉教授である。イ・ムヌン先生は1987年に民博に外来研究員として来られた。その時、民博の収蔵庫にある「蔚山(ウルサン)コレクション」を発見した。蔚山は、韓国の慶尚南道にあり、イ・ムヌン先生の生まれ故郷であった。「蔚山コレクション」は、1936年に収集された生活道具類であり、その収集者の名にカン・ジョンテクとあった。1940年に岩波書店から刊行された『朝鮮の農村衛生―慶尚南道蔚山邑達里(キョンサンナムドウルサンウプタルリ)の社会衛生学的調査』に、この調査と同時に渋沢敬三とアチック・ミューゼアムのメンバーが蔚山邑達里(ウルサンウプタルリ)を訪れ、民俗学的調査をしたことが書かれている。ここまでの経緯は、「異国での故郷発見―民博の『蔚山コレクション』」(『民博通信』73号、1996)を参照されたい。

さて、イ・ムヌン先生の研究は、その後も続けられた。カン・ジョンテクは、東京大学で農業経済学を研究した。そこでの彼の研究については、松本教授が資料を提供した。渋沢敬三との関係は、民博の近藤教授の紹介を受け、渋沢記念館や神奈川大学を訪問し調査した。

今回出版された本には、カン・ジョンテクの卒業論文「朝鮮金融組合の現況と課題」、「朝鮮農業の生産システム分化」「朝鮮食糧問題の展開過程―日本への米補給と関連して」「朝鮮農村の人口輩出メカニズムー蔚山達里の人口輩出に関する調査」「朝鮮の共同労働組織と史的変遷」という四編の論文、「朝鮮農村社会経済調査項目」を韓国語訳したものが掲載されている。そしてイ・ムヌン先生の「カン・ジョンテク先生の生涯と学問世界」という論文が付けられている。

イ・ムヌン先生の論文によれば、カン・ジョンテクの実の息子が、母方の叔父であるイ・ジョンハの養子となり、イ・チュヨンと名乗る。イ・チュヨンは、韓国IT産業の草分けとなり、現在はKCC情報通信の会長である。ソウル大学総長から韓国首相を務めたイ・スソンは、カン・ジョンテクの甥にあたる。この日の出版記念会では、親族代表として挨拶をした。カン・ジョンテクは1945年の解放後すぐにソウル大学の教授になる。同期で教授になった朝鮮経済学のチェ・ホジン先生が95歳という高齢をおして出席し、「カン・ジョンテクの研究方法と韓国の特殊性についての指摘を後進は学んでほしい」と祝辞を述べた。続いて「チェ・ホジン先生が出席されるのに弟子である自分が欠席するわけにはいかない」と、イ・ヒョンジェ元首相が乾杯の音頭をとった。

70余年前に収集された「蔚山コレクション」が、50年経ってイ・ムヌン先生によって再発見され、それから始められた研究が20年経って大きく花開いた出版記念会であった。イ・ムヌン先生は、「カン・ジョンテクが生きていれば、この本をイ・ジョンハと渋沢敬三の二人の恩人に捧げたかったにちがいない」と結んだ。

朝倉敏夫(民族社会研究部)

◆参考サイト
大韓民国 概要(日本外務省)
韓国国立民俗博物館

YBM si-sa(韓国の出版社)