国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Laos 2009年2月18日刊行

白川千尋

● ルアンナムター蚊帳事情

中国雲南省の国境に近いラオス北部の街ルアンナムター。その周辺の村々で暮らすタイダム(黒タイ)やタイデン(赤タイ)とよばれる人々の間では、機織りの技術に長けた彼ら手製の蚊帳(かや)が使われてきた。黒や赤の綿布を箱形に張ったこの伝統的な蚊帳は、風通しがあまり良くなく、なかに入ると暑そうだが、吐く息が白くなるほど気温の下がる冬には、逆に暖かくて都合が良いらしい。加えて、なかがよく見えないので、大家族が一つの部屋で寝起きをともにする日々の暮らしのなかで、個人の空間をつくりだす効果もあったようである。

しかし、この蚊帳、ルアンナムター周辺ではすでにつくられなくなっており、使う人も急速に減ってきている。けっこうな重さのため、洗うときに水を吸ってさらに重くなり、扱いにくいことなどが、その理由であるという。代わって近年広く使われるようになっているのが、軽くて便利で風通しも良い化繊の蚊帳である。どこの家を訪ねても、もっぱら目にするのは、国境を接した中国やタイから輸入され、街の商店で売られているこちらの蚊帳の方である。

では、伝統的な蚊帳はどこへ行ってしまったのだろうか。顧みられなくなったり、捨てられたりしているのかと思いきや、そうではない。伝統的な蚊帳の上の方には、往々にして色鮮やかな織りの模様が帯状にほどこされているのだが、この美しい織りの部分だけが切り取られ、外国人観光客の多い首都のビエンチャンや古都ルアンパバーンのアンティークショップなどで売られているのである。なかには、日本円にして数万円もする高値がつけられているものもある。使わなくなった蚊帳を、村人たちはこうした店や仲介者のバイヤーに売っているわけだ。昨年12月、蚊帳の使用状況などを調査するためにルアンナムター周辺の村を訪れた私は、村人たちから蚊帳を買わないかともちかけられた。彼らの目には、蚊帳のことをあれこれ聞く私が、バイヤーか、あるいは熱心な織りのコレクターに映ったのかもしれない。

白川千尋(先端人類科学研究部)

◆関連ウェブサイト
月刊みんぱく2008年7月号 (11)表紙モノ語り「黒タイの蚊帳」
外務省ホームページ・インド