国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

居庸関(きょようかん)碑文(複製) 2010年5月19日刊行

長野泰彦

正確には「居庸關過街塔(かがいとう)内壁の碑文」。展示されているのは、1943年に蒙古文化研究所が調査の際にとった拓本(現在は京都大学所蔵)をもとに、金属で復元した碑文である。この調査のまとめは1957年京都大学工学部から刊行された。民博は、京大の拓本とは別の、より明晰な拓本を所蔵しているが、由来は不詳である。

居庸関は北京中心部から北西に50キロ、万里の長城・八達嶺南東にある関所。華北平野と蒙古高原を繋ぐ街道筋にある。もとは河北省昌平県に属していたが、現在は北京市昌平区。1343年、過街塔(旅行者の安全を祈願する塔)が建てられ、その雲台(仏像や祭具を載せる台:カメラ用三脚に機材を固定するための部品の語源はこれ)に仏像が載っていただけだったが、のちに関所となった。内壁に諸仏のレリーフやマンダラ図、2種の仏典が刻まれている。

民博の言語展示場右手の碑文は、過街塔内壁西側のダラニ経典で、ランツァ文字で書かれたサンスクリット語のダラニ(仏教で用いられる一種の呪文)が、チベット文字、パクパ文字、ウイグル文字、西夏文字、漢字で「音写」されている。ダラニには呪力があり、ダラニの音を各文字で正確に写すことが期待された。文としては特に意味を持たず、無意味音節が連なっているだけだが、このことが文字の音価を特定するのに役立ち、西田龍雄教授による西夏文字解読の緒となった。展示パネルでは、ランツァ文字の特定の部分が他の文字のどこに相当するのかを例示している。

私がはじめて居庸関を訪れた1985年には、過街塔は崩壊寸前で、手を伸ばすと文字の部分に触れることができるため、字が剥がれ落ちていた。その後完全に再建され、現在の形になっている。

長野泰彦(民族文化研究部教授)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0009539 / 標本名:居庸関(きょようかん)内壁の碑文

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1940年代の居庸関(1957『居庸關』京都大学工学部)

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現在の居庸関(撮影:池田巧)