国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Arizona, USA  2011年2月18日刊行
寺田吉孝

● MIM楽器博物館

アメリカ合衆国では、財をなした個人が大枚をはたいて博物館を作ることがある。去年の4月、このような博物館がアリゾナ州フィーニックス市郊外にオープンした。その名はMusical Instrument Museum(楽器博物館)。百貨店チェーンなどを経営するターゲット・コーポレーションの元会長ボブ・ウルリッチ氏が2億5千万ドルのポケットマネー(!)をだして作った私設博物館だ。インドから輸入した石材の外壁をもつ美しい建物は、8500平米ほどの展示面積をもつ。これはなんとみんぱくの本館展示場とほぼ同じ大きさである。

1階に展示のイントロ部分があり、協力協定を結んでいる機関や企業の名前とロゴマークがよく見える場所につけられている。スタインウェイなど有名な楽器製造会社のほか、スミソニアンやパリの音楽博物館の名前もある。中に進むと「音楽は魂の言葉」というキャッチフレーズが世界各地の写真とともに目に入ってくる。吹き抜けの高い天井からぶら下がっている大きな楽器を眺めながらエスカレーターで2階に上ると、「川」と呼ばれる緩やかにカーヴした回廊にでる。その両脇に展示場が配置されている。

「世界初のグローバル楽器博物館」を売りにしているだけあって、世界各地の楽器が展示されているが、全体から見るとアメリカ、ヨーロッパの展示面積が他地域に比べかなり大きいのが残念だ。各地域の展示場は、国ごとに展示空間が割り当てられており、それぞれ楽器、写真つき解説パネル、映像モニターの組み合わせを展示の基本型としている。音は受付で渡される小型機器につないだイヤホンから、自動的に聞こえてくる仕掛けだ。

世界中の楽器を見比べ、聴き比べられるのだから音楽ファンにはたまらない場所だが、疑問に感じる点もある。日本の展示では、欧米での人気を反映してか尺八の比重が大きいが、歌舞伎音楽は全く触れられていない。雅楽の楽器は展示されるが沖縄やアイヌの楽器はまったくない。一国の音楽を表すのに何を展示すべきか。国を単位とする展示についての古くて新しい課題である。

しかし現時点では、わずか3年足らずの準備期間に1万点以上の楽器を集め、全世界を対象とした大規模な博物館をオープンさせたエネルギーに敬意を表したい。研究活動も始めたいというビル・デワルト館長は今後の展開に意欲的だ。事実、数年後の民族音楽学会の年次大会の招致を計画しているという。研究と博物館活動にどのような橋がかけられるのか楽しみに見守りたい。

寺田吉孝(民族文化研究部教授)

◆関連ウェブサイト
アメリカ合衆国(日本外務省ホームページ)
Musical Instrument Museum - Phoenix Arizona