国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

究極の平等を表現した木彫  2012年1月12日刊行
鈴木紀

アメリカ展示場の「創る」セクションには、メキシコの木彫が並んでいる。どれもユーモラスな表情とカラフルな色彩が魅力だが、その中に一点、異色の作品がある。タイトルは「悪魔像」。4本の足で床を踏みしめ、今にも飛びかかってきそうな姿勢、2本の角を生やした鬼のような形相、1本まっすぐに上にのびた細長い尻尾が周囲を威嚇する。そして無色で木地のままの身体。

これはメキシコ、オアハカ州生まれの木彫作家イシドロ・クルス氏の作品だ。彼は若い頃に木彫を始め、やがて不思議な病を患い数ヶ月間寝込む。回復すると木彫の腕がすこぶる上達していたという。1970年代前半には、メキシコ政府の民芸品振興基金オアハカ事務所の職員に任命され、地域の木彫作家の育成に当たった。

クルス氏は、展示品の悪魔像以外にも、骸骨の仮面など、一見不吉なものを好んで彫る。その理由を娘のブランカさんが私に教えてくれた。彼はつねづね、「生きている間には富や地位に差がある人間にも、死は分け隔てなく訪れる」と口にしている。クルス氏の木彫は、死という究極の平等を表現しているようだ。

鈴木紀(先端人類科学研究部准教授)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0268548 / 標本名:木彫(悪魔)

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