国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Manchester  2012年5月18日刊行
川瀬慈

● カレー通り

4月から2年ぶりの日本生活が始まった。イギリスのマンチェスターでの生活で特に印象に残っているのが通称“カレー通り”(Curry Mile)だ。この街は多民族都市として知られるが、マンチェスター大学のすぐ南に位置するこの通りほど、多種多様な人種が混在し、路上の豊かな人間模様を観察できる空間はない。そもそも、この通りの名は、カレー料理を中心とするレストランの多さに由来するそうだが、それ以外にも、金ぴかで派手やかな看板を掲げる中東料理店や美容室、色とりどりのサリーがまぶしい衣料店、アフリカからの移民が集う水タバコ店等が所せましとひしめき合う。ボスニアからやってきたという女性の集団が、路上で等間隔に散らばりアコーディオンを演奏し、中国系の女性の花売りが、バラの花束を抱えてせわしなく行き来する。盲目の物乞いがカフェの客たちに、ジョークを交えて金銭を要求する。路上においてしたたかにたくましく生きる人々と、それを時には冷たく、時にはあたたかく迎え入れる人々。日の沈むころになると、そこらじゅうの水タバコ店から、甘くフルーティーな煙が路上に流れだし、南アジア料理に特有の香辛料の匂いと溶け合いつつ、通りを満たしていく。

私がカレー通りに惹かれる理由は、それが3年間研究を行ったエチオピアの都市のストリートを思い起こさせるからだ。私はこの国の北部の都市ゴンダールにおいて、ストリートでの活動をなりわいにする音楽職能者やこどもたち等を人類学的な見地から研究し、その生き様を映像作品に記録してきた。たとえばラリベロッチと呼ばれる吟遊〈ぎんゆう〉詩人は、早朝に家の軒先で唄い、人々に金や食物を要求し、祝詞を与える。ラリベロッチは、たとえ人々に拒絶されても決してひるまず、絶妙なジョークによってその活動を正当化しつつ、人々の好意的な反応から邪険な対応にいたるまで何でもユーモラスに歌唱にとりこんでゆく。路上という舞台においてむき出しになった生の営み。私がアフリカで魅了された世界が、ヨーロッパのこのストリートにも存在している。

川瀬慈(文化資源研究センター助教)

◆関連ウェブサイト
Wikipedia "Curry Mile"(カレー通り)
カレー通りのレストラン紹介(英語)
吟遊詩人ラリベロッチの動画(川瀬慈の映像作品紹介HPより)
英国(日本外務省ホームページ)