国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from München  2013年2月22日刊行
森明子

● 現代の民族衣装「ディルンドル」

ディルンドルとは、前開きの胴衣、スカート、エプロンから構成される女性の服装で、白いブラウスを合わせることが多い。シャーリー・テンプルが演じた往年の名画『ハイジ』(1937)や、ジュリー・アンドリュースの『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)で主人公が着ているのがこれである。オーストリアや南ドイツの民族衣装としておなじみだが、もとはアルプス地方の女中さんたちの労働着で、19世紀末に都市上層の女性たちが自分たちの服装に取り入れたことから広まった。元来が都市の流行に由来する民俗的衣装である。

女性のディルンドルに対応する男性の衣装は、焦げ茶かベージュの皮製半ズボンである。ディルンドル、皮ズボン、ビール、ソーセージがそろえば、絵に描いたようなドイツ・イメージができあがる。いささか気後れするが、ミュンヘンでは多くの人がこれを地で行く。キャリア・ウーマンも銀髪の紳士も然り、子供連れの家族はもとより、おしゃれに敏感な若者こそ熱心である。とくに際立つのはオクトーバーフェストの期間である。オクトーバーフェストはミュンヘンで秋に催される祭典で、近年では日本でもこれを真似た催しがおこなわれている。本家ミュンヘンのオクトーバーフェストは2012年640万人を動員し、その大半が外国人も含めて「伝統」のディルンドルと皮ズボンを謳歌した。

おおぜいの人が、ドイツの民族衣装を着てはしゃいでいる風景は、歴史をふりかえってみれば、ちょっと異常である。戦後のドイツで、民族衣装はナチスの歴史を連想させるものとして鳴りを潜めていた。1970年代から80年代にかけて、とくに若者にとってディルンドルや皮ズボンはタブーでさえあった。しかし1990年代、モードのベクトルは逆転し、2000年代にその勢いは加速している。

政治的にも経済的にもドイツを牽引する大都市が、この伝統のファッションの舞台になっていることは、たいへん興味深い。街を行く人のディルンドルは、絹の凝った仕立てから化繊の安物までさまざまで、デザインも毎年新しいものが出る。奇抜を好む若者が身にまとう怪しげなディルンドルに、顔をしかめる人の姿もめずらしくない。このモードの怒涛のなかに、2006年に缶入りスパークリングワインを手に、金色のディルンドルに身を包んだパリス・ヒルトンの姿もあった。

伝統とされるディルンドルは、異質なもの、素性の怪しいものも排除することなく貪欲に呑み込み、地域限定を旗印に掲げているが、実際のところは世界中からさまざまな要素をとりこみつつ更新をつづけている。受け継がれる「伝統」と、変化を求める「流行」が、ここでは不思議な合体を遂げているのである。

ところでこの流行は、御嬢さんたちのブラウスの襟を、胸の谷間深くへ進んでいったことでも知られる。これから先の流行が、あの胸元をどのような形に包むのか、ちょっと気になる。

森明子(民族文化研究部教授)

◆関連ウェブサイト
やっぱりヨーロッパ―春のみんぱくフォーラム2013
ディルンドル(画像検索)
オクトーバーフェスト2013公式サイト(ミュンヘン)[ドイツ語]
オクトーバーフェスト2012日本公式サイト
ミュンヘン市博物館|常設展「典型的ミュンヘン」のページ[英語]
ミュンヘン市公式ページ
ドイツ連邦共和国(日本国外務省ホームページ)