国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

バナナ繊維製男性用長袖上着  2013年9月20日刊行
野林厚志

台湾の平埔(へいほ)族は漢族化が進んだ先住民族として台湾社会のなかや研究者によって認識されてきた。確かに彼らの言語や習慣、社会組織や信仰は、台湾の多数派である閩南系台湾人(漢族に含まれる集団)のものと区別するのが容易でない場合が多い。19世紀後半に日本が台湾統治をはじめたころに調査を行った鳥居龍蔵や伊能嘉矩は、平埔族がすでに漢族化をかなり進行させていて、いわゆる先住民性を見いだすのは困難であると述べている。

衣食住から製作用具にいたるまで、漢族化は著しく進んでいた。ただ、物質文化には思わぬところに伝統の痕跡が残されることがある。例えば、特定の民族が好んで使う素材だ。東部の中央に花蓮(かれん)という都市がある。その近郊にある新社(しんしゃ)は、現在の台湾の制度では原住民族に認定されるクヴァラン族の集落である。しかしながら、集団が形成されてきた歴史から考えれば、彼らは平埔族と言ってよい。そのクヴァラン族に特徴的なものにバナナの繊維で製作した織物がある。

第二次大戦後、台湾も戦後復興から経済成長を果たした。クヴァラン族の織布製作は経済的に割に合わないということで衰退した。だが、1990年代に原住民族の文化振興の動きが強まり、新社でも再興が試みられた。今回の本館の企画展では、現在84歳の女性が織ったバナナの繊維を素材にした衣服をとりあげている。彼女は若いころ機織りを習得したが、生活にはあまり役にたたないと考え、やめてしまい、その後、30年間、織機を手にしたことはなかった。

彼女が機織りを再開するきっかけの一つとなったのが、外部から新社にやってきた漢族の女性工芸家が作った工房の存在であった。彼女はクヴァランの伝統文化や地域文化に関心をもち、その製作技術の復元や自らの作品製作をその工房で行うと同時に、地域の人々が再び機織りを始める機会を地域の役所と協力しながら作っていった。伝統文化の再生はその民族だけで行うとは限らない。それが異なる民族のあいだの接点となることもあるのだ。

野林厚志先生(研究戦略センター教授)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0274441/資料名:バナナ繊維製男性用長袖上着

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◆関連ページ
企画展「台湾平埔族の歴史と文化」(2013年9月12日~11月26日)