国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

南インド出身者の聖母祭壇  2014年2月21日刊行
菅瀬晶子

日本有数の「多みんぞく」の街、東京の新大久保。2002年の日韓共催ワールドカップでその名をひろく知られるようになり、韓流の街とまで呼ばれるようになったが、実際にはコリアンだけではなくさまざまな人びとが日々集っている。聖母マリアを祀るこの祭壇は、そんな新大久保に2008年に開店した南インド料理店で、タミルナードゥ州出身の店主一家に大切にされていたものだ。

ひとくちに聖母といっても、世界各地にさまざまなバリエーションがある。メキシコのグアダルーペの聖母や、南フランスなどでみられる黒い聖母がその例として挙げられよう。そのなかで、一見この聖母はごくありふれたものにみえるかもしれない。聖母像自体は店主がインドから持ってきた既製品で、おそらく世界的にもっともよく知られている聖母像のひとつ、ルルドの聖母の像である。しかし、祭壇は店主とその息子が手作りしたもので、船の形をしているところに大きな意味がこめられている。聞けば、店主一家はこの聖母を「ウェーラーンガンニ」として祀ったのだという。

ウェーラーンガンニとは、タミルナードゥ州の同名の街にかつて出現し、数多くの奇蹟を示した、南インドの聖母マリアのことだ。なかでもポルトガル船を嵐から救った奇蹟譚は有名で、この逸話にちなみ、店主は船形の祭壇に聖母を乗せることを思いついたという。この発想は店主親子のオリジナルで、実際に南インドで祀られているウェーラーンガンニは、黄金に輝く布に身を包み、幼子イエスを抱いた姿であらわされている。

キリスト教徒のみならず、ムスリムやヒンドゥー教徒からも篤く崇敬されるウェーラーンガンニは、いわば南インドの母だ。南インドの家庭料理店を見守るにはまさにふさわしく、タミルナードゥから遠く離れた日本に暮らす店主一家にとって、故郷をしのぶよすがともなっているのである。

菅瀬晶子(研究戦略センター助教)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0275032/資料名:聖母祭壇

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(下段左)南インド祭壇 お店にあったとき

◆参考ページ
みんぱくe-news76号 ウェーラーンガンニについて