国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

中国の農民画――漁家楽(漁師の喜び)  2015年8月1日刊行
韓敏

中国では、農村に暮らす人びとが自分たちの日常生活を題材に描いた絵画のことを農民画とよぶ。1950年代から70年代にかけてプロパガンダアートとして生まれたが、そのルーツは刺繍、切り絵、かまどの装飾などの伝統技法にある。単純で平面的な構図とあざやかな色彩が農民画の特徴である。農民画の中心地は多数あるが、陝西省戸県、山東省日照市、上海市金山区は三大農民画地区とよばれている。現在みんぱくの中国地域の文化展示場では、上記の地区のほかに少数民族の農民画も展示している。

『漁家楽(漁師の喜び)』というタイトルの絵は、2010年に金山農民画の発祥地といわれる上海市金山区中洪村で収集されたものである。この絵を描いたのは、中洪村で生まれ育った曹秀文さんという女性の農民画家である。大工の父、刺繍の名手の母を持つ曹秀文さんは、幼い時から絵を描くのが好きだった。1975年、著名な画家、韓平和氏が、知識人の世界観を改造するために農村に定住させ労働を通して農民から学ばせるという政府の呼びかけに応じて上海からこの村にやってきた。韓氏は農作業しながら、曹秀文さんを含む地元の農民にプロの絵の描き方を教えてくれた。『漁家楽』は、その3年後1978年の作品である。

この絵の創作経緯について、「当時、建国30周年記念のため、人民公社の党塘という場所で生活体験をしていた。ある年配の漁師は、船を河のまん中まで漕いで、酒をいっぱい飲んで顔が真っ赤になった。その後、漁師は力いっぱい網を川に投げ入れた。それを見た私は家にとんで帰って、すぐにその様子を絵に描き始めた。漁の大漁、改革開放後の人々の喜びを表現したかった。1986年上海を訪問したキッシンジャー元米国国務長官が、この絵をみて、絵の中の船が月に見え、網は地球をめぐる世界のネットワークのようで、一匹一匹の魚は、国々が地球上で仲良く共存しているように見えると評価してくれた」と曹秀文さんは嬉しそうに筆者に語った。

人民公社の時代に生まれた農民画だが、現在は農民たちの暮らしと歴史記憶を表現する手段になっている。改革開放以降、市場経済の原理とグローバル化を背景とする中国国内外の観光業と文化産業の影響を受けて、農民画は、土の香りのするモダンアートとして評価され、人気の観光土産となっている。

韓敏(民族社会研究部教授)

◆関連写真

[img]

[img]
標本番号:H0268424/資料名:絵画(農民画)「漁家楽」

◆関連ウェブサイト
中華人民共和国(日本国外務省ホームページ)