国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

ムスリムとクリスチャンが集うカメルーンの名物屋台  2016年3月1日刊行
戸田美佳子

多様な自然環境や250を超える民族集団が存在することから「アフリカの縮図」とよばれるカメルーン共和国は、北部のサバンナに多いムスリムと南部熱帯雨林のクリスチャン、さらにはイギリスとフランスによる分割統治と再統合の経緯から英語圏とフランス語圏にわかれている。首都ヤウンデは、この国を集約したような住民構成と生活空間を形成しており、住人はエスニシティや宗教、言語グループ間の差異に配慮をしながら生活を営んできた。

例えば2010年6月19日、サッカーのワールドカップで日本とカメルーンが同じ予選グループで対戦していたときのことだ。その日、わたしはムスリムの友人に誘われて、ムスリム地区の牛肉やヤギ、ヒツジの肉にスパイスをまぶした「ソヤ」とばれる焼肉を売る名物屋台でカメルーン対デンマークの試合を観戦していた。この屋台で働くのは近所に住むムスリム男性である。ソヤ売り場の前にはじゅうたんがしきつめられ、午後3時には働き手がそこでお祈りする。買い物客はできるだけ礼拝時間は避けて訪れる。ここには、ムスリムもクリスチャンも、わたしのような「白人」もこぞって買いにくる。

ワールドカップ期間中、ソヤ売り場の奥にバーを構える店主がスクリーンを設置し、スクリーン手前がお酒を飲めるバー、垣根を挟んでお酒の飲めないエリアが広がっていた。ただし禁止事項が明記されている訳でも、この場所に入る時に注意されるわけでもない。ヤウンデ住民はそのルールを聞かずとも身につけているのである。

その日、後からやってきた客の一人が間違って、酒禁止のテーブル席で、「カステル」というビールを頼んでしまった。近くに座っていたムスリムが、「ここは飲めない場所だよ」とたしなめる。奥から「酒はこっちだろ」と呼ばれ、席を空けるためにスクリーン近くの客がさらにぎゅうぎゅう詰めになって座りなおす。じゅうたんに寝ころがって年配のムスリムが冷静に観戦するなか、酒の入った客やムスリムの若者たちが歌い、叫び、熱気をもって応援をしていた。

ヤウンデの日常は、同じ都市空間のなかで、宗教が異なる者同士が、互いに配慮をしながらともに暮らす術を身につけた者同士が生活を成り立たせてきた。異質性を持ちながらも共存する複合的/重層的な社会を生きる人びとの生活の知恵や経験が、日常の風景として垣間見ることができるのだ。

ここ数年、カメルーンでは隣国ナイジェリアの北部で勢力を拡大している過激派集団ボコ・ハラムと緊張関係が続いている。今ではヤウンデのムスリムの故郷であるカメルーン北部は日本国外務省の渡航禁止地域になってしまった。平和を望む言葉だけではどうしようもない現実がある。それでも今も変わらずに、ムスリムもクリスチャンもこの屋台でソヤを食べている姿に、彼らが培ってきた共存するための潜在力がまだあるのだと、わたしは希望を感じている。

戸田美佳子(文化資源研究センター機関研究員)

◆関連写真

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ムスリム地区の屋台でカメルーン対デンマークの試合を観戦するヤウンデ住民。スクリーンの手前で観戦するキリスト教徒(写真奥)と、じゅうたんに寝ころがりながら観戦するイスラーム教徒(写真手前)。
(2010年6月19日・筆者撮影)

◆関連ウェブサイト
カメルーン共和国(日本国外務省ホームページ)