国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

変貌をとげるカナダ・イヌイット社会  2017年1月1日刊行
岸上伸啓

 

2016年11月、12年ぶりにカナダ・イヌイットが住むアクリヴィク村を調査のために訪れた。同村はケベック州極北地域のハドソン湾北東岸にあり、1984年から2004年まで継続して調査をした村である。友人や知人は再会を喜び、私を暖かく迎え入れてくれたが、この12年の間に10名以上の古老や友人が亡くなっていた。一方、村の総人口はかつての2倍近い700名になっていた。また、住宅が新たに造られ、村の住宅地も東西に広がっていた。10年一昔というが、その村の変貌ぶりには驚かざるを得なかった。

アクリヴィク村において目に見える大きな変化は、巨大な石油備蓄施設や火力発電所、看護所、生協の新店舗、警察の駐在所が建設されたことである。この結果、石油や電力の村への供給は安定し、病気の治療・健康管理や揉め事の処理は効率的に行なわれるようになっていた。

そして、多くのイヌイットが常勤職やパートタイムの職につき、賃金労働に励むようになった。かつて常勤職につくのはおもに女性で、男性は3ヶ月ほど仕事を続けてはやめ、狩猟漁労に従事し、再び、短期間の仕事につくというパターンを繰り返していた。ところが現在は、男女ともにできる限り長期間賃金労働にとどまるようになった。これに伴い、狩猟漁労に費やすことのできる時間は減少している。

さらにモントリオールやほかの村々を結ぶ飛行機が毎日運行されるようになり、村人が政治もしくは経済、保健、文化などに関連するさまざまな会議や病気治療、休暇のために南の都市を訪れる機会が多くなっている。このため都市で手に入れた酒を村に持ち帰ることも多くなり、大きな社会問題となっている。今回の滞在中、朝、散歩をしていると雪道の上にウオッカの空瓶が何本かころがっているのを見たときは、その深刻さを感じた。

私は現在、経済のグローバル化や国家・州レベルの先住民政策を考慮しながら、狩猟採集社会であったイヌイット社会がどのように変化し、これからどのようになっていくかを、この小さな村から考える研究を行なっている。

 

岸上伸啓(研究戦略センター教授)

 

 

◆関連写真

イヌイットの若い夫婦

「イヌイットの若い夫婦」
私の友人の息子夫婦とその子供たち。アクリヴィク村は人口が急増しつつある。
2016年11月 ケベック州アクリヴィク村にて撮影


 

拡大する住宅地

「拡大する住宅地」
人口の急増に伴い、住宅の数も急増。市街地はどんどん拡大しつつある。
2016年11月 ケベック州アクリヴィク村にて撮影


 

生協の新店舗

「生協の新店舗」
村には2件の店舗がある。ひとつは生協で、もうひとつはノーザン・ストアーである。
食料品や雑貨品、衣類、電化製品など生活に必要なほぼすべての物資を販売している。
クレジットカードや銀行のデビッドカードでも商品を購入することができる。
2016年11月 ケベック州アクリヴィク村にて撮影

 

◆関連ウェブサイト
スタッフの紹介 岸上伸啓
「民族学者の仕事」