国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

北京の銘菓  2017年6月1日刊行
横山廣子

「日本に持ち帰れる北京の銘菓なら何をお勧め?」

私の質問に北京っ子の友人が電話越しに答えた名前は2つ。すぐに聞き取れなくて、私は何度も尋ねた。それは「リューダーグン(驢打滚)」と「アイウォーウォー(艾窩窩)」。食べてみると、いずれも庶民的な味で美味しく、友人に感謝した。だが、変わった名前の菓子の由来を後で知り、北京の歴史と中国の成り立ちに思いを馳せ、その味わいはさらに増した。

驢は「ロバ」、滚は「転がる」を意味し、「驢打滚(リューダーグン)」は、ロバが地面に転がって土だらけになる様子を表現している。もち米粉を蒸して薄く伸ばし、上にこし餡を伸ばして重ね、楕円形に巻き上げ、きな粉をまぶした菓子である。これには清朝末期の西太后にまつわる伝承がある。ある時、宮廷料理人が美味しいものに飽きた太后のために新しい菓子を作った。ロバというあだ名の使用人がきな粉の中にそれを落としてしまったが、作り直す間がない。そのまま出すと、太后がえらく気に入って、菓子の名を尋ねた。料理人はとっさに男のあだ名を思い出し、「驢打滚(ロバが土にまみれた)」と答えた。以後、それは宮廷の定番になったという。

「艾窩窩(アイウォーウォー)」は、もち米粉を蒸して白く柔らかくした中に餡を入れた小さな饅頭状の菓子である。現在、日持ちのする袋入り菓子として大量生産されて売られているものの中身は、こし餡だが、手作りされる場合、ゴマや胡桃、干し果物と砂糖を混ぜた餡のものも作られる。伝統的に春節から秋頃まで食べられていたという。丸い形から、巣を意味する「窩窩(ウォーウォー)」という名がついた。もう1つの特徴は、ムスリム菓子であること。だから月餅のように餡に豚脂を混ぜることはない。伝承は2種類。明朝に仕えた回族(中国語で生活する中国のイスラム教徒)の料理人が、やはり美味しいものに飽きた妃らのために、自宅で食べていた菓子を作り、気に入られたという話と、清の乾隆帝の寵愛を受けたウイグル系の香妃とともに宮廷に持ち込まれたという話である。

中国には世界の3分の1のロバがいると言われ、遠隔地交易でも活躍してきた。きな粉の色は、私には黄土高原の土を思い起こさせる。元や清のような異民族の皇帝も君臨した宮廷には、北方の草原や砂漠も広がる西域など、中国各地から人やモノが集まり、その長い往来の歴史の中で、中国は形成されてきた。スケール感や多様性、宮廷の美食との結びつきを感じさせるところが、長年、中国の都であった北京の銘菓らしいと思う。

 

横山廣子(人類基礎理論研究部教授)

 

 

◆関連写真

ワークショップ

北京の市場で売られる「驢打滚(リューダーグン)」


 

ペーパービーズ

市場の食堂で出してくれた「驢打滚(リューダーグン)」


 

ペーパービーズ

袋入りで売られる「驢打滚(リューダーグン)」


 

ペーパービーズ

袋菓子の中に個別包装されている「艾窩窩(アイウォーウォー)」


 

ペーパービーズ

皿の中央の白い菓子が「艾窩窩(アイウォーウォー)」、その左に「驢打滚(リューダーグン)」