国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

騒擾と日常を過ごす~イラン~  2018年2月1日刊行

黒田賢治

2018年の元旦は、トンファー型警棒を手にした屈強な男たちに通りで追いかけられ、軽く尻を叩かれる羽目にあった。もっとも叩かれたのは不可抗力であったし、状況からすれば仕方がないことだった。というのも、イランの首都テヘランの厳戒態勢にある革命通りにいたからだ。

暮れの28日に北東部の中心都市マシュハドなどで、政府の経済政策批判や経済的困窮を訴える抗議行動が行われた。現政権から来年度予算が提示された矢先、平均10%前後で推移する物価上昇、改善されない高失業率と大卒者の就職難といった経済問題に、市民の堪忍袋の緒が切れたのだ。多くの市民もこれらの不満に同意するところであり、翌日にはイラン各地の地方都市に広がった。ところが30日になると、事態は急変した。政権批判ではなく、国家元首の最高指導者ハーメネイー師の解任要求など反体制的主張に変化するとともに、銀行を襲ったり、神学校に火を放つなど暴徒化していったのだ。

首都テヘランでも、革命通りに面するテヘラン大学で起こったデモを皮切りに、反体制のデモが行われ、通りのゴミ箱に火が放たれるなどの事態に発展した。おかげで夜7時には大学周辺の店は治安部隊によって閉店を促され、通行人も追い払われることになった。冒頭の体験も、ちょうど夜7時を回る頃であり、夕暮れから深夜にかけて、大学周辺の革命通りはものものしい雰囲気に包まれていた。

ただこうした雰囲気は、あくまで大学周辺に限られた例外であった。それ以外の場所では、日常通りであり、まだクリスマスの飾りに彩られたショッピングモールに多くの人が訪れる。それどころか大学周辺であっても、昼間にも治安部隊が少なからずいるとはいえ、卒業論文を売る本屋の客引きも、道行く人も、町の喧騒も、普段と変わらなかった。すぐに日常に戻るだろうという筆者の予想のとおり、一週間後には一見何もなかったかのように抗議の火が燻るだけになっていた。

黒田賢治(国立民族学博物館現代中東地域研究拠点拠点研究員)

 

◆関連写真

革命通り周辺を警備する治安部隊(2017年12月31日撮影)