国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

家廻り芸能の研究―廻る芸能、廻る研究者―  2018年11月1日刊行

神野知恵

『月刊みんぱく』2018年10月号において「門付け再考――家を訪ねる芸能の諸相」と題した特集を担当させてもらった。本特集では家々を訪ねて演じられる儀礼的な芸能について、その多様なあり方を紹介した。私が総論を担当し、各論は奄美・沖縄の芸能研究の大家である酒井正子氏、徳島の木偶まわしの伝承を支えてこられた辻本一英氏、東北の黒森神楽に関する精緻なドキュメンタリー映画「廻り神楽」の監督である遠藤協氏、伊勢大神楽の研究で博士号を取得された黛友明氏という、そうそうたる専門家陣に執筆いただいた。文化圏を越えて見られる共通性や、現代における役割について考える貴重な機会となった。

 

この主題は、私の科学研究費助成事業による研究プロジェクトの課題でもある。芸能者が家々を廻って神や先祖に祈りを捧げ、歌舞を奉納するという形式の儀礼は世界各国に存在する。とくに日本をはじめとした東アジア各国に多く見られ、本館の川瀬慈准教授がフィールドとするエチオピアに至るまで広く分布している。その芸能の担い手も専業の芸能者や巡礼者であったり、村人たち自身であったりと様々である。

 

『月刊みんぱく』ではこうした家廻りを便宜上「門付け(かどづけ)」という言葉でくくったが、もちろんそれぞれの文化圏により呼び方は異なる。「門付け」という言葉に違和感を覚える伝承者の方々も少なくない。報酬を得ることを目的としているように聞こえるためであろう。また、専業者による放浪芸と、村人による家廻り儀礼を混同してはいけないというお叱りを受けることも多い。だが家を訪ねて行う儀礼や、芸能の形態から考えられる共通点は非常に多い。また、村人たちが専業芸能者に影響を受け、地域の伝統行事として家廻りを行っている場合も多いため、どちらも併せて見ていく必要があると私は考えている。

 

私が関わってきた家廻り芸能の多くの現場で、芸能者たちが家を訪ねてきてくれることがとても有難いという感覚や、その来訪によって厄が祓われ、家族の健康や発展がもたらされるという信仰が存在していることを実感した。家廻りの現場は、歌や踊りがもともと儀礼と一体であったということを思い出させてくれる貴重な場でもある。

 

家廻り芸能の調査はだいたい、朝から晩までひたすら歩き続け、各家の人々に挨拶をし、取材の可否を尋ね、会話を交わし、勧められるままにお酒やお菓子をいただき、写真にビデオにメモにと、とても忙しい。気楽な調査だとは言い切れないが、それでも民族音楽・民俗芸能の研究者としてこれほどまでに興味深い現場が他にあるだろうかとも思う。私は今回の『月刊みんぱく』での特集をきっかけに、家廻り芸能の共同研究を本格的に始動したいと考えている。日本各地、世界各国でどのような儀礼の事例があるのか、各方面からのご助言を是非賜りたい。

 

神野知恵(国立民族学博物館機関研究員)

 

◆関連写真

伊勢大神楽の訪れ(滋賀県、2017年)


 

笹の沢神楽による八戸三社大祭中の門付け(青森県、2018年)


 

黒川さんさ踊り連中による門付け行事(岩手県、2018年)


 

◆関連ウェブサイト
月刊みんぱく2018年10月号「特集 門付け再考――家を訪ねる芸能の諸相」