国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

「生命の木」のふるさとを訪ねて〜メキシコ〜  2019年10月1日刊行

鈴木紀

「生命の木」はメキシコ中部の陶芸の町、メテペックの特産品だ。陶器でできた樹状のオブジェで、木の枝にさまざまな装飾がほどこされ、全体として一つの物語や世界観が表現される。2019年10月10日から12月24日まで国立民族学博物館で開催される企画展「アルテ・ポプラル――メキシコの造形表現のいま」では、大人の背丈ほどある「生命の木」が展示される。

 

展示資料の「生命の木」には、旧約聖書のエデンの園の物語が描かれている。右側にアダム、左側にイブ、中央に蛇、上部には罪を裁く天使が置かれ、多数の花が楽園のイメージを強調する。そして裏側には、作者の署名だろうか、大きな字でAlfonso Soteno(アルフォンソ・ソテノ)と書いてある。

 

この夏、そのアルフォンソさんに会いに行った。首都のメキシコ市からバスとタクシーを乗り継いで2時間ほどでメテペックに着く。ここはメキシコ政府が認定する「プエブロ・マヒコ(魅惑的な町)」の一つで、観光の町だ。町の中央の小高い丘の上に教会が建ち、丘のふもとにはかつて修道院として使われた建物が公開されている。

 

民芸品市場でアルフォンソさんの家を教えてもらった。スマホの地図をたよりに20分ほど歩いて彼の家へ。アルフォンソさんは今年76歳。白髪で柔和な感じの人だった。今でも時々工房で仕事をするという。さっそくみんぱくの「生命の木」の写真を見ていただくと、彼に50年前の記憶がよみがえってきた。これはメキシコ外務省から依頼されて作ったものだそうである。数十点におよぶ大量のオーダーだったが、実際には十数点しか作らなかった。メキシコの在外公館に置くと聞いていたが、日本に送られたことは知らなかったようだ。

 

しかし私は、これで納得がいった。みんぱくの「生命の木」の収集記録によると、もともとは1970 年の大阪万博メキシコ館に展示されていたものだからだ。その展示に在日メキシコ大使館が関与していたことは間違いないだろう。あなたの作品は、現在、日本の博物館に収蔵されていて、この秋の展覧会でお披露目されますと伝えると、アルフォンソさんは嬉しそうだった。

 

別れ際に一つ質問をした。なぜエデンの園を描いたのですかと。彼の答えはシンプルだった。それはもともと彼の母のアイデアで、誰もが知っている話だからだ。そして「でも聖書を読んだことはないけどね」といって、ニヤリと笑った。

 

鈴木紀(国立民族学博物館教授)

 

◆関連写真

エデンの園が描かれた「生命の木」の上部(国立民族学博物館・所蔵)


 

アルフォンソ・ソテノ氏の自宅にあるギャラリー


 

大型の「生命の木」を焼成する窯


 

◆関連ウェブサイト
企画展「アルテ・ポプラル――メキシコの造形表現のいま」