国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

特別展「ラッコとガラス玉」

ラッコとガラス玉
実行委員のコメント
 

特別展開催へのおもい
 
大塚和義 実行委員長のコメント
写真  北方世界に対する一般的なイメージは、寒く暗く、資源も乏しいというものではないでしょうか。たしかに北太平洋地域の先住民をとりまく居住環境は厳しく、寒冷と風雪をいかに克服するかが生活の重要なポイントになります。しかし、この先住民世界には、クロテンやラッコなど極上の毛皮をはじめとする資源がゆたかにあります。ことにラッコ皮の光沢のある柔らかい感触は、外部から訪れた交易者たちを長いあいだ魅了し続けてきました。ロシアの交易者が、先住民アリュートの巧みな捕獲技術を利用しながら、ラッコを追ってアラスカやカリフォルニア半島、さらにクリール列島にまで進出した歴史は有名です。また、中国を軸とする東アジアの商品経済圏の形成は、日本をも、アイヌの土地資源の収奪ばかりか、コンブやサケなどの交易に名を借りた資源収奪へと向かわせたのでした。こうしたことに代表される北の先住民が果たした周辺国家への影響を、「もの」から読み取って、かれらの果たした文化的役割や評価を新たにしていただきたいというのが、今回の展示の主眼です。
 
園田直子 実行委員のコメント
写真  この特別展示には、保存科学の立場から参加しています。展示するにあたっては、研究してきた内容を、いかに分かりやすく、見やすくお伝えできるかが重要なポイントになります。そして、表にはあらわれてこないのですが、私たちの博物館では、資料を、いかに安全な保存条件のなかで、安定した状態で展示するか、ということにも多くの注意をはらっています。いわば、博物館や展示会の舞台裏といえるのが、保存科学の世界なのです。
 
佐々木史郎 実行委員のコメント
写真  今回の展示は内容的に少々難しいかもしれません。現在多くの人にとって北方先住民の世界といってもピンとこないでしょう。でも、大阪や沖縄の味の基本をなす昆布はまさにこの世界の産物ですし、蝦夷錦や青玉は江戸時代にはファッション用の小物として最も気の利いたものだったのです。封建制、鎖国といった閉鎖的な言葉で語られる江戸時代は、長崎や琉球からだけでなく、北方からも「外国製品」が流入していて、意外と国際色豊かな社会だったのです。この展示では並べられている展示品を単に北方世界の珍しい品物として見ていただくだけでなく、日本人も参加してきた東アジア世界の歴史の一部として見ていただきたいと思います。
 
岸上伸啓 実行委員のコメント
写真  今回の特展では、アメリカの北西海岸先住民社会を中心にした北太平洋地域のコーナーを担当しました。アラスカやシベリア側のエスキモー(ユッピックやイヌピアック)、北西海岸先住民は「未開」の狩猟・漁労民ではなく、積極的な交易者であったことを展示を通して強調したいと思います。18世紀半ば以降、彼らは他の先住民と欧米人を相手にラッコやホッキョクキツネなどの毛皮を提供し、ナイフ、斧などの金属製品、ビーズなどを入手しました。アラスカの木製仮面制作が盛んになったこと、北西海岸地域において巨大なトーテムポールが制作され、ポトラッチ儀礼が大規模化したことは、毛皮交易の結果だったと言えます。また、彼らがとったラッコの毛皮はロシア人やアメリカ人の手によって中国(清朝)やヨーロッパへと輸出されたのです。今回の特別展をとおして、この地域の先住民が、このように世界と係わりながら生きていたことを知っていただきたいと思います。