国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱく世界の旅

アラブ世界(3) 『毎日小学生新聞』掲載 2015年5月16日刊行
菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)

ヨルダン川西岸地区にある、豚肉専門の肉屋。キリスト教徒が多いため、看板にも豚の絵が描かれています
宗教による食文化の違い

通常、都市部のキリスト教徒は、キリスト教徒地区に固まって住んでいますが、都市が拡大し、人口が流動するようになると、キリスト教徒とイスラム教徒の居住する地区の境界線は、あいまいになりました。両者が隣り合って住んでいるのは、ごく普通のことです。

キリスト教徒の暮らしは一見、イスラム教徒とさほど変わりません。最も大きなちがいは、食文化にあらわれます。イスラム教徒は、イスラムの教えに則した食べ物の決まりがあり、たいていのイスラム教徒はこの決まりをしっかりと守ります。たとえば、けがれた動物とされる豚の肉は、決して食べません。お酒も酔っ払って迷惑をかける人がいるので、飲んではいけないとされています。また、ことに肉には厳しい決まりがあり、神様(アラー)の名前を唱えて殺し、完全に血を抜いた動物の肉しか食べられません。このような規定は、同じ一神教であり、イスラム教やキリスト教のもとになったユダヤ教の教えに影響を受けてつくられたものです。


ヨルダン川西岸地区、ベツレヘムの街並み。モスク(手前)と教会(奥)が共存しています

異教徒としての気づかい

しかしキリスト教徒には、食べ物の規定はありません。豚肉も食べますし、お酒もとくに週末やお祭の日にはよく飲みます。アラブの国々で豚肉やお酒がほしくなったら、キリスト教徒の住んでいる地区に行けば、ほぼ間違いなく手に入ります。ただし、お店がそれらをおおっぴらに宣伝することはありません。買ったものも、他の人が見てそれと分からないように、黒いビニールや紙ふくろで厳重に包んで渡されます。

豚肉やお酒は、見るだけでも不愉快だとイスラム教徒は考えています。ともに生きる隣人に不快感をあたえないための、キリスト教徒の気づかいといえるでしょう。


ヨルダンの首都アンマンの酒屋。キリスト教徒が経営しています。お酒は店頭には出していません
 
 

一口メモ

アラブの国々で人気の肉は羊ですが、高級品。しかし、豚肉は羊の半値以下で、ことに豚足は信じられないくらい安い値段で売られています。お肉好きなキリスト教徒の中には、豚足を好んで買う人もいます。
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