国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱく世界の旅

アラブ世界(4) 『毎日小学生新聞』掲載 2015年5月23日刊行
菅瀬晶子(国立民族学博物館助教)
三つの宗教の聖所「マカーム」

レバノン南部のスール旧市街でみかけた聖母マリアをまつるほこら。ろうそくをそなえた痕跡があります

キリスト教徒が住んでいる地区を歩いていると、たまに十字架の印がついた、小さなほこらを見かけることがあります。これはキリスト教の聖人や預言者をまつっている聖所で、アラビア語で「マカーム」と呼ばれています。しばしば花やろうそくが供えられ、前を通りすぎる人々は、簡単ないのりをささげていきます。

人々はマカームに、日々の感謝をささげるためにいのりに来ます。病気の治癒や試験合格、交通安全などの願かけも一般的です。そしておもしろいことに、イスラム教徒がいのりに訪れる姿もよくみかけます。逆に、イスラム教徒が管理しているマカームに、キリスト教徒が訪れることもあります。

疑問に思われるかもしれませんが、彼らにとってはなんの不思議もありません。実はキリスト教とイスラムは、いずれもユダヤ教の影響を受けて成立した、源を同じくする一神教なのです。これらの一神教は、教えの内容や聖人たちを共有しています。マカームの中には、これら三つの宗教に共通の聖人や預言者がまつられていることも多く、そのようなところには三つの宗教に属する人々が、願をかけに来るのです。


ヨルダン川西岸地区のベツレヘム校外にあるほこら。日曜日やお祭りの日になると、周辺からキリスト教徒とイスラム教徒がつめかけます

そこなわれる一神教徒の共存

このような民間信仰は、三つの一神教徒の共存を支える役割をになっていました。ところが近年、イスラム過激派組織「イスラム国」が支配している地域では、民間信仰は邪道とみなされ、聖人たちをまつったマカームが次々に破壊されています。民間信仰が否定される場所では、一神教徒の共存はどんどんそこなわれています。これからもマカームに、宗教の別を問わずにさまざまな人々が集まることを、わたしはいのってやみません。


レバノンのジェニエにあるほこら
 
 

一口メモ

マカームは、お地蔵さんやお稲荷さんをまつった、日本のほこらとよく似ています。教会の一角や地下にまつられていることもあります。
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