国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱく世界の旅

インド(2) 『毎日小学生新聞』掲載 2016年8月6日刊行
松尾瑞穂(国立民族学博物館准教授)
大切にされる その一方では・・・

夕方に家に戻る牛

ヒンドゥー教において、最も聖なる動物とされているのは牛です。オスはシヴァ神の乗り物として崇拝され、メスはクリシュナ神信仰と深く結びついています。メスは特に豊穣(穀物の実りが豊かなこと)の象徴とされる存在で、乳だけでなく、ふんやにょうも肥料として重宝され、宗教儀礼でも重要な役目を持ちます。乾燥させた牛のふんも、ガスがない村では燃料として欠かせません。また、乳製品は、大切な栄養源です。牛をはじめとする家畜の世話は、村の子どもたちが任せられている大事な仕事です。

 


牛の飼育施設が併設されたクリシュナ寺院

そんな大切な牛は、ヒンドゥー教では殺したり食べたりすることは禁じられています。昔は、牛殺しは殺人と同じくらい重い罪だと考えられていました。最近では、ヒンドゥー教を中心とした国家を目指す、ヒンドゥー・ナショナリズムの動きのなかで、牛を殺したり食べたりすることだけでなく、牛肉の売買や保持も法律で禁止されるようになっています。これには、ヒンドゥー教以外の宗教を信仰する人たちにも、ヒンドゥー教の教えを押しつけるものだとして、反発も起きています。

 

捨てられ、のら牛になることも


牛を保護して飼育する施設

このように保護されているメスの牛ですが、実際には高齢になってお乳が出なくなったり、病気になったりして捨てられ、のら牛になることもあります。町にはそうした牛を世話する施設もあります。私が見せてもらった施設は、牛飼いとして育ったクリシュナ神をまつる寺院に併設されており、信徒の寄付によって運営されていました。まさに「老牛ホーム」といえるでしょう。

 

 

一口メモ

牛に比べて地位が低いのがブタ。ブタは本来はきれい好きですが、インドでは汚い動物だと思われ、こちらも食べるのはタブーです。

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