国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.2 岸上伸啓―生じている社会問題

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─ それから、自殺率が高いということですが、自殺率はもともと高かったように聞いていますが。
岸上 これは難しいです。本多勝一さんの本でも、もともと高いといっています。それから、年寄りが自分から置き去りにしていけといって、集団を救うために自分が犠牲になるということがあったのは事実です。
ただ、今の50代とか60代の人たちに聞いたらね、確かに自分たちが10代とか20代のころにも自殺はあったと。でも、質が違う気がするといいますね。
今の自殺は理由がよく分からないんです。若者、とくに10代を中心として、何かをきっかけにすぐに自殺してしまう。誰かが死ぬとその親しい友達がすぐに後追い自殺をするというふうな現象が続いてます。
人口が400人の村で、年間二人も若者が死んだらこれは大変なことですよね。それがひとつの村だけでなくて、14の村でまんべんなくおこっているわけですよ。だから、自殺の率でいうと、カナダの他の地域の三倍、四倍ではきかないんです。さらにいうと、村の中ではっきり死んだ人が年間一、二名だとしても自殺未遂というのはその数倍ですよ。そうすると、村の子どもの数を数えたら、どう考えても、多くの子が一回ぐらいはやってないと数が合わない。それぐらい厳しい状況なんですよ。

─ 原因の研究はあるんですか。
岸上 あります。精神分析医のグループと文化人類学のグループによる二つの研究があります。でも、死んだ人にはインタビューできないんで結局わからないんですよ。ただ状況から判断すると、やはり酒の問題があります。それから麻薬ですね。あと、レイプとか家庭内暴力といった、いろんな複雑な人間関係が絡んでいます。それから、何もやることがない、学校行ってもおもしろくない、学校行かなきゃ仕事がない、無意味に生きていると。で、何かきっかけがあったら自殺に走ってしまう。
でもそれはイヌイットだけではなくて、ほかの先住民グループ、それから南アメリカの先住民でも同じような傾向があるらしいですね。やっぱり構造的な要因があるんだろうといわれる。文化人類学ではそれを、いやこれは文化的欲求不満だからということで一応片づけてますが………。
 

─ 失業というお話がありましたが、狩猟をやっていたら失業はないんじゃないですか?
岸上 ハンターは統計上は失業者です。就業者というのは、賃金労働に携わっている人間ですから、フルタイムのハンターがいると、100%失業しているということになります。

─ 400人の村で、ハンターを専業にしている人はどれくらいいるんですか。
岸上 専業は30名ぐらいですかね。30名の中にも、職がないからしょうがなくやっている人もいます。はっきりいうと、職がない成人男子全部です。400人の村だったら、定職は、最大限でも50です。学校の先生とか看護婦さんとか生協の仕事とか、村役場の仕事とか。でも、学校の先生とか看護婦さんとかは村の外からきてますから、じっさいに村人が手に入れる仕事というのは多くても30かそれぐらいですね。村人の表向きの失業率は20%から30%です。ところが絶対失業率が50%なんですよ。どういうことかというと、仕事の数がそれしかないわけで、どう仕事を探してもないわけですね。だから二人に一人は必ず失業する状況にあるということらしいです。でも政府の統計でも失業率は25~6%になってますね。

 
【目次】
海洋民族学への夢祖母の貯金をかてにカナダ留学いよいよイヌイットの村へイヌイットとブリジッド・バルドーの関係命名法の不思議都会のイヌイットイヌイット放送キリスト教徒としてのイヌイット生じている社会問題イヌイット・アート先住民の住み分けとヨーロッパ人との接触「ラッコとガラス玉」展―先住民の交易活動イヌイットのわれわれ意識多様化する生活