国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―美大でおぼえた民具の図解

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美大でおぼえた民具の図解
─ ご自身は、民具の実測を大学生のころからやっていたんですか?
近藤 博物館学の講義をとってからです。指導教官だった宮本常一さん(武蔵野美術大学教授、故人)が道具の図解を重視されていたので、機械製図を応用した実測図を描きはじめたんです。
─ 機械製図の応用というと?
近藤 機械製図は何かをつくるための図面、つまり、設計図を描くためのものです。その図法はJIS規格で定められていて、自動車でも、ごく簡単なコップなんかを作るにしても、同じ規則にのっとって描くんです。それをあてはめてみたんです。
─ でも、宮本常一さんたちの扱っていたものは民具であって、機械製品じゃなかったんでしょ。それまではどうしていたんですか?
近藤 デッサンでした。
─ デッサン?
近藤 「きみらは美大生なんだから、絵は得意だろう」ということで。だから、見取り図風のデッサンやイラストでしたね、最初のころは。
受講生の中には、デザイン製図が特意な学生もいました。でも、ぼくの場合は、エンジニアだった父に子どものころから機械製図を仕込まれていたから、それを民具の図面に応用したんです。機械製図には、工作旋盤にかけるときの研磨記号だとか、いろいろ複雑な記号があるけど、そういうものはすっとばして・・・。
─ でも、それは、民俗学者の宮本常一さんたちのやり方とは違う方法だったんじゃない?
近藤 ええ。
─ 学生時代に、自分で工夫してそれをやった?
近藤 工夫したというか、相談して・・・。
─ そのとき、他の人たちは、民具のデッサンをしていた・・・。
近藤 そうでしたね。でも、ぼくもイラストは描きました。そのほうがわかりやすいときもありますからね。ただ、イラストだと、イメージはよく伝わりますが、細部の構造になると意外にわかりにくい、読み取れないという欠点がありました。ふんいきはわかるけど、客観的構造が把握しずらかったんですね。でも、機械製図だと、断面図なども使えるので、イラストや見取り図以上に構造をよく理解することができるんです。
じつは、機械製図というのは、全然むずかしいものじゃないんです。だって、義務教育課程で、技術家庭科の時間なんかに、だれでも基本的なことは学習してきたんです。たいていの人は図面を読めるはずなんです。だから、復元製作するのにも都合がいいと思って。
─ イラストと、機械製図を応用した実測図とでは、どこがどう違うんですか、一番の違いをいうとすると・・・。イラストは一枚ですよね。
近藤 いや、必ずしもそうでもないんです。イラストでも、前から後ろから、側面からと描きわけて説明することがありますからね。何が違うかといえば、イラストの場合は、立体感を表現しようとして陰影をつけるような工夫をしますよね。でも、機械製図に重要なことは立体感の表現じゃないんです。「正投影画法」だからパースがかからない。
─ 何が?
近藤 パースペクティブがかからない。遠近感と立体感を強調して描く「透視画法」じゃないんです。不動産物件の広告チラシで見かける建物の図などは「透視画法」で描かれています。デッサンやスケッチ、イラストだと、そういう描き方が多くなります。それに対して、機械製図のような「正投影画法」では、ビルの各階をエレベーターに乗って見ていくといえばいいのかな、各フロア―がつねに真正面からとらえられるように表現するんです。表現の思想が違うんですね。
─ なるほど、一番の違いがそれですか。イラストは非常に精密に描いてあるようだけど、立体感を出していくのが眼目・・・。
近藤 強調と省略。その効果を使って写真で見るよりも鮮明に印象づける。直感的に形態を理解させる、そういうやりかたですね。だから、特徴を誇張して表現します。リアルに再現しているようにみえますけどね。
─ 実測製図は、上からや、正面からとか、全部の面を見ていくということですか?
近藤 それぞれの面を、すべて正面から。
─ モノの仕組みがわかるようにということ・・・。
近藤 そうです。この図は真上から見たところ、こちらは真横から見たところ、それからこれは真下から見たところというように展開します。たいていは、三つの図を組み合わせて読み取ることで、全体の構造を頭の中で立体再現させるという手続きをとるんです。
─ すると、実測図は、基本的にはだれが描いても同じものになるんですよね?
桶
近藤 多少は違いがあらわれますね。なぜなら、どういう情報を盛り込むのかということによって違ってきますから。
─ と、いうと?
近藤 たとえば、桶に使われている榑(くれ)材が板目取りなのか、柾目取りなのかという情報を重視すると、木目をていねいに描くことになります。そうじゃなくて、どんな形の榑材が何枚使われているかを示そうとする場合には、木目を省略してでも接合部のラインをはっきり示そうとします。克明に年輪を描き込めば、ヒノキかスギかマツかなどと、材質を表現することも不可能ではないんです。でも、構造だけを知りたいのなら、年輪をていねいに描く必要はない。篩の網目だって、イラストなら数えないで適当に描きます。でも、実測図では、数をかぞえて、何ミリ間隔なのかという情報を盛り込むことになります。
 
※もと卸桶〈『伏見の酒造用具』 京都市文化財ブックス第2集 京都市 1987年〉より
─ そこまで、数えてあるわけですか?
 
篩
近藤 そうです。針金が何本使われているのかって。
─ すごいなー。
近藤 一部分を拡大した図を添えることもあります。構造理解を優先させるとそうなりますね。だけど、三面展開した図を見て、直感的にその形が頭の中にパッと思い浮かぶ人って、なかなかいないですね。中学校で習ったことを忘れてしまっているからです。でも、少し慣れれば思い出すんですけどね。だから、別にイラストを描いてあげるか、写真を見せてあげるかしたほうがいいときもあります。ただし、それだけでは、篩の目の数はわからない。
 
※とおし・ふるい 実測図:井殿のぞみ〈『とよなかの農道具』 豊中市教育委員会 1996年〉より
─ よごれなんかは、どう表現するんですか?
近藤 使用痕ですね。たとえば石器のどこに使用痕が残っているかというような。
─ 使用痕を描くこともあるんですか。
近藤 あります。すり減り方や、傷のつき具合を観察することによって、その道具をどんな用途に使ったか類推できるんです。木を切ったのか、皮をなめすのに使ったのかとかね。
─ すると、実測図を描くことも、民具研究の一番基本的な作業なんですね。
近藤 そういうことになりますね。
─ まず収集して、実測してみないと話にならない。
近藤 はい。実測図を描くことで構造がかなりわかってきます。分析的な視点を養うには、実測図を作成するという作業が非常に重要です。(参考資料)
─ 最初にこういう民具の実測をされたのは、いつごろですか。
おしらさまコレクション
近藤 本格的にやりだしたのは、1977年に大学を卒業してからです。ぼくがはじめる以前にも、機械製図を応用した図面を描く人たちは何人かおられました。でも、その重要性はまだじゅうぶん認識されていなかったんです。
民具を研究している人たちのあいだでも「写真でじゅうぶんだ」とか「およその特徴がわかる簡単なスケッチがあればいい」という風潮があったことは否定できません。宮本常一先生も、最初はそうだったんですよ。でも、それでは研究を進めるうえで欠かせない形態比較が困難でしたね。そこで、木下忠さん(愛知大学教授、故人)が文化庁の調査官だったときに、実測図の重要性をすごく強調されて、国の重要有形民俗資料を文化財指定するときに、指定対象になる民具を図面にとるようにと行政指導したんです。どんな簡単な実測図でもいいから、とにかく申請書に図面を添付しなさいとね。
 
※写真:おしらさまコレクション
─ なんの指定ですか? 重要文化財の?
 
近藤 「国指定重要有形民俗文化財」です。民博の「おしらさまコレクション」(33体)は、その第1号です。指定候補物件の報告書が、図面つきで提出されてきたときに、地域や時代による形態の違いが、はっきりとあらわれてきました。
同じ名称でも「全然、形が違うじゃないか」というものは、民具にはたくさんありますから当然なんですけどね。それで、統一的な法則のもとに作成される実測図の重要性が、ようやく認識されるようになりました。
─ なるほど。