国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―母から娘へ伝えられる「おんな紋」

[9/16]
母から娘へ伝えられる「おんな紋」
おんな紋
─ 最近出た『日本の民俗学』第9巻(雄山閣 2002年)には「民具と民俗」という副題がついています。その中で近藤さんが担当された論文のひとつは「心象世界と民具」というタイトルで、心の世界と民具とのかかわりを扱っておられます。これは、近藤さんの研究のもうひとつの展開だと思います。「モノには魂がある」と言われることがある。モノは相続もされるし・・・。これは、日本風のいい方では「形見」とか「形見分け」とかいうことになる。こういう視点で一冊にまとめられたのが『おんな紋』(河出書房新社 1997年)ですね。これは、和服の紋の話、紋付ですよね。
近藤 はい。
 
※『おんな紋 ─ 血縁のフォークロア』
近藤雅樹 河出書房新社 1995年
─ 紋といったら、普通は家紋ですけど、じつはもうひとつ別の紋があったという研究です。どういうきっかけでこの研究をはじめられたのか、本の内容もふくめて話していただけますか?
主な女紋
近藤 「おんな紋(女紋)」は、母親から娘へ、さらに孫娘へと伝えられていくものなんです。そんな紋章をつけた品物が母子間相続されている。すると、母系性の表象みたいにみえる。民族学、人類学という方面であればとくにね。「日本にも母系性のなごりがあったのではないか」と。そこで、気になって、その謎解きをしようと思ってはじめました。
─ 普通、紋付は家の紋ですよね。それは、男の紋をつけるの?
近藤 はい、家紋ですね、家族・親族という血縁集団の証になる・・・。「おんな紋」に引っかかったのは、プライベートなことですけど、かみさんが母親譲りの紋をもっていて、それを近藤家にもち込んできたからなんですよ。
 
※さまざまな女紋:〈『おんな紋 ─ 血縁のフォークロア』
近藤雅樹 河出書房新社 1995年〉より
─ その前に、まず、紋というものの説明をしてほしいんですが・・・。
ふくさとふくさ盆
近藤 ひとことで言えば、帰属する血縁集団の一員であることの証となるものですよね。親戚か他人かを識別するための表象です。同じ血筋の者が同じ紋章をつけた着物を着る、それが家紋です。武家社会では、対外的に家柄と格式を示す役割もありました。時代劇で、水戸黄門の印籠に悪代官などをひれ伏せさせる威力があるのは、徳川御三家の家紋である「三つ葉葵」が描かれているからです。

※ふくさとふくさ盆(五三の桐)
─ そうですよね。
近藤 日本人の結婚、婚姻の成立というのは、家と家との縁組です。太郎さんと花子さんという個人名じゃなくて、家名が出てくるんですよね。何々家と何々家のご披露宴というように、家と家との縁組。だから、両方の家の家紋がシンボリックに機能するんです。
 
─ 「おんな紋」は、そうした家紋とは違ったものなんですか?
近藤 お嫁さんは、何々家の娘としての立場で来ますよね。だから、当然、所属していた家、つまり、実家の家紋が使われるはずなんです。ところが、うちのかみさんはそうじゃないものを持ってきたんですよ。結納返しから挙式、その後の贈答にも、いっさい、実家の家紋が使われることがなかった。
─ どうして?
近藤 わかりません(笑)。そのときはね。だから、ものすごくおどろいたんです。だから調べてみようと・・・。
近藤の家紋は「丸に剣酢漿草」です。かみさんの旧姓はナカジマなんですが、その家紋は「右三つ巴」です。ところが、かみさんが使っている紋章は、わけのわからんというか、見たこともない、ずいぶん複雑な図柄だった。
「これ、なんて呼ぶの」って聞いても、かみさんも、かみさんの母親も、はっきり答えられない。「紋帳にも載ってないし」と言って、正確な名前を知らなかったんです。
─ どんな図柄か見たいな。
ふくさ
近藤 二重の稲穂の輪の中に、井桁をふたつ重ねたものです。ぼくがあんまりこだわるものだから、同じ「おんな紋」を受けついでいる伯母さんたちに尋ねまわって、ようやく「抱き束ねの重ね井筒」って言うのが、正しいらしいということになった。
「なんでナカジマの紋じゃないの?」と聞く。「おんな紋だから」と答える。「じゃあ、ナカジマ家の替紋?」「違う」「?」
替紋というのは、正規の家紋とは別にもっている略式のものです。じつは、関東にも女性用の紋はあります。正規の家紋に対して、替紋、裏紋、副紋などといわれるものです。たとえば「剣酢漿草」は武家の紋だから剣がはえている。「それでは女にふさわしくないから」と、剣をはずして「酢漿草」の紋にして使わせる。そういうことはあるんです。でも、そういうものでもないと。
 
※ふくさ(抱き束ねの重ね井筒)
─ じゃあ、なんなの?
ひな飾りに添えられたおんな紋
近藤 そうなんですよ。かみさんは「ひいおばあちゃんの紋よ」って言いました。さらに「この紋は、絶やしたらアカンって言われてて」とか、いろいろと言う。そこから謎解きがはじまったんです。ひいおばあちゃんということは、ナカジマに嫁入りした母親の実家の、さらにその先ですよね。ナカジマ家とは縁もゆかりもない。
─ 聞いていると、おもしろいけど、不思議だなあ(笑)。
近藤 近藤の出身の関東には、そんな習慣はまったくない。親戚や知人らに問い合わせてみたけど、知っている人なんか、一人もいなかった。ところが、ナカジマの方にしてみたら、逆に「おんな紋がないウチなんか、あるんか?」と、びっくりしている。これは、ものすごいカルチャーショックでしたよ。ちなみに、うちの二人の娘も、結婚するときには、かみさんがもってきたこの「おんな紋」を、だれかさんの家にもっていくことになるんですけどね。
※ひな飾りに添えられたおんな紋(三割菊)
─ そりゃまた!
 

 
千里ニュータウンと地域の農具美大でおぼえた民具の図解神聖視される酒造の道具描いているうちに、絵よりモノのほうがおもしろくなったイラストレーター時代民具の最初の現地調査栴檀は双葉より芳し民具とはなにか?空き缶も民具になる母から娘へ伝えられる「おんな紋」モノがもつ魂博物館で展示企画にあたる「人魚のミイラ」――標本資料の真贋少女たちの霊的体験の研究「人はなぜおまじないが好き」海外の日本民具を調査近代日本のへんな発明 ─『ぐうたらテクノロジー』*(参考資料)さまざまな画法*
【目次】