国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―近代日本のへんな発明―『ぐうたらテクノロジー』

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近代日本のへんな発明 ─『ぐうたらテクノロジー』
─ 民具とは別に「日用品」ということばを使って現代の生活用具の研究もされていますよね。それを『日用品の二〇世紀』(ドメス出版 2003年)にまとめられた。日用品の研究っていうのは、どういう意味をもつものなのか、最後にちょっと話してもらえますか。
 
※『日用品の二〇世紀』ドメス出版 2003年
近藤 「20世紀の諸民族文化の伝統と変容」という、民博の研究プロジェクトの一環でやったことですね。20世紀のマテリアル・カルチャーを扱おうと思ったら、家電製品なんかをはずせなくなります。民具だけでは話にならない。民族資料も含めて、生活用品全般ということでおさまりのいいカテゴリーをいろいろ考えたんです。で、最終的に「日用品」でいこうということになった。
シンポジウムでとりあげたものは、家電製品では、電気洗濯機、テレビ、電気炊飯器。民族技術、民具のほうでは、今では観光芸術品になっているパプア・ニューギニアの食人用フォークだとか、戦闘用の盾など。それと、転用の民俗学とでもいいますか、さっきちょっと話題にしましたが、空き缶を現代人はどういうふうに有効に使っているかとかね。機械文明の中で廃棄されたものがどうリサイクルされるかというようなところでの新しい民具観というような問題。あるいは、軍用素材だったアルミが家庭用の鍋になるプロセスとかね。そうした、20世紀文明の特徴といえそうな表象を集めて、産業の展開にあわせて生活がどう変化してきたかということを考えようとしたんです。でも、モノは厄介ですね。シンポジウムのテーマに収斂するような結論を導こうと思ったんですけど、やりだすと、おもしろくて、ついつい話題が拡散してしまいがちでした。しかも、深みにはまるんですよ。トータルに見ようとすると、これは大変です。

─ 深みにはまるというと『ぐうたらテクノロジー』(河出書房新社 1997年)の研究がまさにそうですね。
近藤 たしかに、そういうことになるんでしょうね(笑)。この本では、日本の初期の特許製品の中から、ヘンな道具や機械ばかりを集めて紹介しています。最初は、農具の近代化という問題を扱おうとして特許資料の調査をはじめたんですけどね。特許庁に通うなどして、むかしの「特許公報」を閲覧していると、それこそ、いろんなもの、余計なもの、ヘンなものが見えてきたんですよね。番号順に綴られた「特許公報」をめくっているうちにね。で、農具改良の調査はさておいて、まず、そんな余計なもの、ヘンなものばかりを、ちょっと集めてみたら、こういうおもしろい本になった。でも、そんなものからでも、日本の文化を考えるうえで興味深いことがずいぶんと見えてきたんですよ。「むかしの日本人は、ほとんど動力を使わなかったんだな」ってこととかが。風力とか、水力とか、畜力とかを使ったものがほとんどない。なんでもかんでも人力に頼る。明治初期に、馬車じゃなくて、人力車が開発されたっていうのが、いい例です。
 
※『ぐうたらテクノロジー』河出書房新社 1997年
─ 「特許公報」というのは、どんなものなんですか?
近藤 B5版くらいの大きさの印刷物で、官報の一種です。古い時期のものは、1枚か2枚程度のものが多いんですけど、長文の説明書に図面をたくさんつけたものもあります。
─ たとえば、この「携帯風呂」。なぜ、携帯にしなきゃいけないのか、よくわからん。銭湯があるだろうに(笑)。
近藤 ぼくもねえ、最初は、どうしてこんなものを必要だと思ったのか、なかなか「発明」の意図を理解できなかったんですよ。しかも、いろんな人が考案して特許をとっていた。ヒントになったのはね、説明書の中の一文でした。「軍隊の行軍、旅行その他によろしい」という・・・。じつは、こうしたものが「特許公報」によくでてくるようになるのは、日清・日露戦争のときなんですよ。
 
※磨墨器 イラスト:川端英樹
〈『ぐうたらテクノロジー』河出書房新社 1997年〉より
─ 明治37年とか、それくらいですね。
近藤 そこで、なるほどと思ったんですよ。「軍隊が野営地で使うために開発されたんだ」とね。ただし、そのどれもが個人用だから「兵隊を入れるためじゃないな」ともね。すると「将校専用なんだな」と・・・。むかしの大名行列では、風呂釜、風呂桶まで運んでいたでしょ、殿様用の水まで。その発想なんですよ。
─ ホントに? だって、本陣とか、そういうところに泊まったんじゃないんですか?
近藤 そうなんですけど、運んだんですよ。
 
※自動団扇 イラスト:川端英樹
〈『ぐうたらテクノロジー』河出書房新社 1997年〉より
─ 水まで?
近藤 行列の後ろのほうにね、くっついていくんです。この「発明」は、そういう発想なんですよ。
─ 水をかつぐのは、大変なんじゃないの? でも、知らない土地のヘンな水で病気になったらいけないとでも?
近藤 国もとから全部の水を運んだわけじゃないですよ、もちろん。それに、風呂用じゃなくてお茶をたてるためだったかもしれないし。でも、要所、要所で、いい水を選んで補給するんですよ、殿様用の水は。
 
※田中式自働脱靴器 イラスト:川端英樹
〈『ぐうたらテクノロジー』河出書房新社 1997年〉より

─ 最近はやりのミネラルウォーターみたいですね。しかし、携帯用の風呂なんていうものは、まず、日本以外のところでは「発明」しようなんて人は、いないでしょうね。
近藤さんの研究は、どれも、本当に異色ですね。話は尽きませんが、このへんでおひらきにしたいと思います。(2003年5月13日)
 
※佐々木式携行風呂 イラスト:川端英樹
〈『ぐうたらテクノロジー』河出書房新社 1997年〉より

*「月刊みんぱく」2004年4月号から近藤雅樹さんの連載「人力器械図譜」がはじまっています。

(完)
【目次】
千里ニュータウンと地域の農具美大でおぼえた民具の図解神聖視される酒造の道具描いているうちに、絵よりモノのほうがおもしろくなったイラストレーター時代民具の最初の現地調査栴檀は双葉より芳し民具とはなにか?空き缶も民具になる母から娘へ伝えられる「おんな紋」モノがもつ魂博物館で展示企画にあたる「人魚のミイラ」――標本資料の真贋少女たちの霊的体験の研究「人はなぜおまじないが好き」海外の日本民具を調査近代日本のへんな発明 ─『ぐうたらテクノロジー』*(参考資料)さまざまな画法*