国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.1 佐藤浩司―重みを失う空間

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─ では、最後に今後のお仕事の予定についてお話しいただけますか。
佐藤 インドネシアの調査をまだまとめていないので、記録としてちゃんとまとめて残しておきたいと思います。もう私が調べたような家が残っていないところもおおいんですよ。
─ 文化財のドキュメントのような仕事ですね。一方では、調査した地域でも今かなり変わってきてるわけでしょう。
佐藤 調査の時点で、すでに過去の遺産になっている建物もずいぶんありました。ただ、インドネシアのほとんど全域で同じ視点に立って調査をした人はほかにいないですから。
─ 民族学とか人類学とかの立場から住まいを考えていくというのはほんとうに大事なことだと思います。
佐藤 そうですね。世界中の家の現状を見ておきたいですね。
─ 最近の日本では、家への欲望がすごく衰えているのではないですか?
佐藤 住宅のストック自体がすでに必要数を満たしているので、そんなに無理しなければ、楽に住むことができるようにはなりましたね。
─ かつてマイホームという言葉がさかんにつかわれていたころは、サラリーマンが一生懸命働いてやっと家を買えた、その途端にばったり倒れて死んでしまうとか、そういうふうに、家を建てることそのものが人生の目的であり、建てたらもう倒れてしまう、そういう話はいまは聞かないし、そこまでのこだわりがなくなっているんではないかと思うんです。もうあきらめたのか・・・。
佐藤 だから逆に、家の中を飾りたてていったり、空間を私物化することにはエネルギーを注いでいますよね。あきらめたというより、空間的な欲望は内向していっている。家を建てても一緒に住む人がいない・・・。
─ かつての情熱がないように思うんです。
佐藤 それは最初の話に戻ると思うんです。空間が人間関係を規定するものではなくなったから、同じ家にいようと、その人たちと人生をわかちあえるとは限らないし、携帯電話があったりインターネットがあったりすれば、異なる空間にいても精神的なつながりはもてるわけですからね。そんなに空間自体にこだわっていてもしょうがない。そうやって無理をして既存の空間を壊したからといって、人間関係はあまり変わらないでしょう。空間に重みがなくなった。
─ みんな冷めている。
佐藤 家を求めることが人間を求めることにならないということに・・・気がついたんでしょうね。だから、家を求めるのは、人間関係を求めるのではなくて、自己の充足を求めることになったのではないでしょうか?
 
(完)

【目次】
イントロ住まいの調査手法住まいの原型フィリピン・ルソン島の民家と日本の古代住居調査作業屋根裏の空間水上生活者バジャウと狩猟採集民プナン何のための住居住居に向けられたエネルギーマイホームの共同研究会消費財としての住居巣としての住居空間と人間関係ホームレス住居と記憶四冊の本重みを失う空間