国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』 ─ 12.陸から水へ

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』

12.陸から水へ
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 ハノイには堤防外地区というのがあります。ホン河の堤防の内側の地区のことです。当然ながらここは、増水期には床下、床上浸水などが頻繁に起こります。もともとここは不法居住の地域だったはずですが、どんどん家が埋め尽くし、今は道路も整備され、電気も、水道もあります。こんなところでさえ昨今の地価バブルで地価が高騰しているようです。
 堤防外地区の北の方をたまたま通りかかると、街路があまりにきれいに整備されているのでびっくりしました。そこで探検してみました。不思議なことに指名手配者のポスターがたくさんあります。やはりそういう地区なのでしょうか。
 せっかくだからホン河を見に行こうと思いました。河岸に近づいてまたびっくりしました。みぎわを小舟がぎっしり埋め尽くしているのです。甲板や屋根にぎっしりと洗濯物を干している舟もあります。さらに、中州はトウモロコシ畑として開墾され、小屋もたくさん建っています。
 川岸には何かが積んであって、ビニルシートがかぶせてありました。なんとバッチャンの大型の陶磁器でした。自転車に積んでハノイの町中なんかを売り歩いている人たちは、ここで仕入れているのでしょう。
 
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 3年前ホアビンダムに行ったとき、あそこも舟がぎっしりでした。ホアビンはもともとムオン族の地域で、かつてダー河の水運にはターイが活躍していたはずなのに、現在ホアビンダムの上で舟を動かしているのはみなキンでした。漁民ではなく運送屋なのです。しかも聞いてみると、ハノイの家から出て最近水辺に出た人もいました。理由はこの方が気楽だからということでした。
 おそらくハノイ堤防外地区の舟で暮らしている人たちも、最近陸から降りた人が多いのでしょう。膨張するデルタのキンは、その持ち前の行動力(図々しさ?)を生かして、農村から都市へ、都市から農村へ、農村から農村へと動くだけでなく、陸から水へも動いているのです。水に降りた人たちが、バッチャンの陶磁器を運んだり、中州を畑にしたりして生計を立てているのです。中には指名手配犯なんかもいて、けっこう陸に上がるんでしょうね。それで指名手配犯のポスターなんかがこの地区に多いわけでしょう。
 
[2002年10月]
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