国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』 ─ 25.ナゾの文字をもつ人たち

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』

25.ナゾの文字をもつ人たち
 もちろん世の中にはわかっていなことがまだまだたくさんありますが、東南アジア大陸部と西南中国を中心とする広い地域に分布しているタイ系言語集団のなかで、黒タイや白タイはむかしからナゾをもつ民族として注目されてきた点があります。それは、両者とも仏教を受容していないのに、古クメール文字の系統の独自の文字をもつことです。なんとか系とかいうとむずかしいですが、要するにタイやラオスのようなクネクネの表音文字を伝えてきたのです。
 
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 この文字は、100年も前にフランス人研究者たちがすでに注目していました。しかし、この文字がいつから、なぜ、どのように伝承されてきたのかについて、詳しい研究は進んでいません。
 20世紀に入ってから、彼らの古い文書がたくさん失われました。原因は、伝統的な階層社会組織が解体したこと、戦乱、社会主義化、識字率の低下などです。それでも村に行くと、今でも文書を目にすることがあります。現在、村でもっともよく見られるのは、文学や詩歌のようなもの、占いの本などです。
 占いの本は、いろんな図像イメージに満ちていて、見ているだけでもなかなかあきません。だいたいそういう文書を持っているのは、呪術師の老人です。西北自治区があった時期(1955-1976)には、ターイ語教育が自治区で実施されていたので、その当時の教育を受けた人のなかには、読み書きできる人がたくさんいます。でもターイ語教育が廃止されてからは、学ぶ人がいなくなり、ちゃんと読み書きできる人はもはや少なくなってしまいました。
 
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 ムオン・ムオイに調査に行くと、大学ノートや自分で綴じたノートに伝承、年代記、家譜、歌などを自分で収集し、それを書き残すことをライフワークとしている老人何人かに会うことができました。なかには、最近の人は伝統的な文字が読めないからということで、左側ページには黒タイ文字で、右側ページにはアルファベット表記の黒タイ語で同じ内容を記したノートを数冊書き残している91歳の老人もいました。どこにでも勉強熱心な人はいるものです。
 
[2002年12月]
ハノイの異邦人インデックス
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