国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』 ─ 33.ベトナムのタイ学

樫永真佐夫『ハノイの異邦人』

33.ベトナムのタイ学
 国際タイ学会という、数年ごとに開催される大規模な国際会議があります。広い意味の「タイ」なので、タイ国研究者のみならず、周辺諸国のタイ系民族を研究している研究者も多く参加します。
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 ちゃんと数えてはいませんが、ベトナムにもタイ系民族は総人口の5%以上にあたる500万人も居住しています。ラオスの人口と比べても、ベトナムにはタイ系民族がじつに多く居住しています。また面積で言えば、伝統的にタイ系民族が居住してきた地域はベトナムの10%にも及びます。タイ系民族はベトナムにおいてもそれだけ大きな勢力なので、タイ系民族の研究者もある程度いて、その研究者たちの集まりが、国際タイ学会のベトナム開催に向けて、すでに何年も取り組んできました。それがベトナムのタイ学です。ハノイ国家大学ベトナム研究交流センター内にタイ学は設置されています。
 
写真  今回のぼくの留学先もそこでした。そこでタイ学主任のカム・チョン先生に黒タイ語、黒タイ文化を習っていたのです。その成果として、カム・チョン先生と執筆した黒タイ語、キン語の共著本が7月には出版されます。
 
写真  村の中では、黒タイ語や白タイ語にもキン語やキン文化の影響が強くなり、黒タイや白タイの文字も廃れてきました。黒タイ文化の衰退を嘆くのは老人ばかりになりつつあります。市場経済化、テレビなどの普及はキン化に拍車をかけています。こういうような中で、手作りの染織物をつくるような、ありふれた村の中の風景も、すぐに過去のものとなってしまうかもしれません。タイ学の先生方にも高齢者が目立つのは、あたかもそれを反映しているかのようです。しかし、これはしだいに高齢化が進んだ結果ではなく、じつはタイ学自体が設立当初から懐古趣味の老人たちの集まりの様相を帯びていたのです。
 
写真  これまでの数年間、ベトナムのタイ学の学徒は、ベトナム人を含めてもぼくひとりだけでした。でも昨年から、日本人1人とタイ(シャム)人2人が加わりました。今年のテトには、ぼくたち外人部隊がすべてソンラーに集結し、黒タイの村を訪ねて飲んだくれたりしたものです。後継者不足のタイ学は、むしろ外国人に引き継がれていくのかもしれません。
 
[2003年3月]
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