国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究スタッフ便り 蘭語学ことはじめ

研究スタッフ便り『蘭語学ことはじめ』

12月(2)  クリスマス
オランダでは「英語でも通じる」というのは周知の事実らしく、そういう意味では渡航前にあまり心配せずにすんだ。実際、大学内はもちろん、小さなお店にちょっと立ち寄っても、道で誰かにはなしかけても英語が通じるし、いやな顔もされない。私より一足早くライデン大学に滞在したオーストラリア人の言語学者仲間などは、滞在中にオランダ語をマスターするつもりだったのにみんなが英語を話せて練習にならない、とぼやいていたほどだ。でも住んでいるとやっぱり、ちょっとしたことで不便な場面が出てくる。たとえば、電車の割引パスの申請書を記入しようとしたら全部オランダ語だったり。映画の上映時間を確認しようとおもったら、オランダ語の標示しかなかったり。子供に話しかけて困った顔をされてしまうのもちょっとさびしい。というわけで日常生活のなかで目にするオランダ語を解読するのが私の日課の一部となりました。
サンタクロース(英 Santa Clause)とシンタクラース(蘭 Sinterklaas)
サンタクロースは12月25日に北極から贈り物の袋をかついでやってくるが、オランダの「シンタクラース」は12月5日にスペインから贈り物を配るための黒人助手をしたがえてくる。だからオランダでは、12月5日が贈り物をする日で、25日は家族で集まる日なのだそう。何も知らず煙突掃除もしていなかった私たちにも5日の日にはちゃんと、勤務先IIASの粋なはからいでチョコレートが届いた。私にはリツコの頭文字「R」の形のチョコレート。いわれてみたら、週末どのお店の前にも文字の形をしたチョコレートが山積みになっていて「?」と思っていたんだっけ。オランダ人の研究者仲間に尋ねたところクリスマスの贈り物に名前の頭文字の形をしたチョコレートを添えるのが一般的なのだとか。「なにを贈るか困ったらチョコレートがとにかく最高よ。そもそもチョコレートが嫌いな人なんて誰もいないじゃない・・・」(ここで相槌を打ちそこなった私を見て)「・・・万が一嫌いでも、チョコレートが好きな人がまわりにいない人なんていないじゃない!」自分で調査してみたことはないけど、これならたぶん本当。

クリスマスにちなんだ言葉を見ていると、オランダ語の k ではじまる単語が集まりました。オランダ語の k はすべて「カ行」の発音です。対する英語が「カ行」だったり「チャ行」だったりするのには理由があるのですが、ここでは除きます。興味があったら比較(歴史)言語学の教科書を調べてみてくださいね。

オランダ語 Kerstmis kart kerk koor keuze koud kaas
英語 Christmas card church choir choice cold cheese
(意味) クリスマス カード 教会 聖歌隊 選択 寒い チーズ

さて、大切なチョコレート、綴りはchocola(de) ですが「ショコラ(ード)」と読みます。面白いことに、これは明らかにフランス語からの借用語。(オランダ語のchは、通常はドイツ語と同じく「ハ」が強くなったような /x/ という音。)シンタクラースは大航海時代のスペインからの影響のようですが、ショコラ(ード)の方はその後、フランスが西インド諸島からヨーロッパへのカカオの輸出をはじめてから入ってきたということなのでしょうか。


12月5日にもらったRの形のチョコレート。結構大きい。右側の青い箱に入ってきました。 Chocola(de), cadeau, etc., オランダ語にはフランス語からの借用語もたくさんあり、その一部となっている。標識などでは、'please' 「~てください」 を表すオランダ語のa.u.b. (alstublieft) と並んでフランス語起源のs.v.p. (< s'il vous plait) もよく使われる。写真は空港で。オランダ語のvrijhouden 'keep free' (vrij 'free', houden 'to keep') 「立ち止まり禁止」に続いて s.v.p.。