国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究スタッフ便り 蘭語学ことはじめ

研究スタッフ便り『蘭語学ことはじめ』

4月(2)  国民の祝日
日本で4月末から5月はじめといえば、ゴールデンウィーク。オランダでもこのふた月の間は祝日が多い。日本にいるときは普段と同じ時間に出勤して四階にあがり、廊下が真っ暗なのを見てはじめて休みだと気づくというパターンが多いが(?)、ライデンではこれはありえない。誤解して羨むなかれ。これは単に、祝日が近づくたびに研究所の秘書の人から「警告メール」が届くから忘れようがない、という立派な理由があるのだ。

実は所属しているIIASがある建物、通常の勤務時間外(平日の6時半以降と土・日)は、文学部本部まで行って警備員さんのところから鍵をもらってこないと出入りできない。最初は不便だと思ったが、現在ではめりはりのある生活ができてよいという結論に落ち着いている。鍵をわざわざ借りに行くのは面倒だから、夕方一端仕事をうちきって外の空気を吸い、30分歩いて帰宅し夕食をとる。ぐずぐず夜中まで研究室ですわっているより、気分転換をはさんで自宅で仕事にもどったほうが効率がよいし、健康にもよい。~なんて偉そうなことをいっているけど、要するに怠惰を正当化しているだけ?ちなみに鍵は同日の夜11時までには返すきまりになっており、一度でもこれを守らなかった場合には、二度と借り出しができないことになっている。

と、普段はこんな感じなのだが、祝日は警備員さんも休みなので、鍵の借り出しそのものができないというわけ。同僚の多くは、本務地を離れている間にとにかくできるだけの仕事を済ませようと必死だから、秘書さんからの警告メールは、土・日返上で祝日にも気付かず働きかねない私たちヤボな客員研究員のための親切なリマインダーなのだ。

さて4月の四週目、普段の事務的なメールとはちょっと雰囲気の違う「警告」が届いた。

「みなさん、月曜日は女王の誕生日なのでお休みです。鍵はもらえませんので注意してください。いいお天気になりそうだし街もすごくにぎやかになりますよ。オレンジ色のものが箪笥(たんす)の中で眠っていたら、なんでもいいから身につけて街にでましょう。よい祝日を過ごしてくださいね!!!!!!」

ちなみに、「箪笥(たんす)の中で眠っている」は意訳、「!!!!!!」の部分は直訳。
女王の誕生日 Konninginedag
女王の誕生日は、どうも、これまでオランダにきてから経験したどの祝日とも違うらしい。そもそも、インド出身で現在はオランダ在住の、これ以上ワーカホリックにはなりようがないというくらい勤勉な同僚が、なんとこの日は「毎年欠かさずに街に出る」というのだから驚いた。彼女は土・日にも必ずIIASで仕事をしていて、祝日になって鍵がもらえなくなるたびに不機嫌になるのである。それなのに今回は、「今週も週末締め出しね?」と声をかけると、なんと満面の笑みが返ってくるではないか。そしてライデン初心者の私に、「女王の誕生日」には街中どんなににぎやかになって、どこに出かけるのが一番よいのか、詳しく教えてくれた。昨年は29日だったのに秘書の人の連絡ミスで気づかず、30日に海外から帰ってきてどんなにがっかりしたか、というエピソード付き。暦によっては「誕生日」が動くらしい?

「にぎやかになる」というのは、街中で青空市がたつからなのだそう。IIASでも、オランダ滞在中につかったもの一式をこの日に売り払って中国に帰国したつわもの客員研究員もいたそうな。ケーキを焼いて小分けにし、ひと切れ50セントで売る、というアイデアもよし。子供たちも古くなった自分のおもちゃを売り、新しい(古い)ものを買うチャンスだとか。楽器を弾いてお小遣いを稼ぐのもOK。ライデンではこじんまりとしているけれど、アムステルダムやハーグでは人がいっぱいで身動きができないほどなのだと聞いた。

さて、まちにまった当日はよいお天気。今年はたまたま冬が暖かく春の訪れも早かったけれど、例年ならこの時期は暖かくなるかならないか、降り続いた雨があがり、ちょうど春の第一声をきくころなのだそうだ。でかけてみると、確かに街中、人、人、人。普段静かなライデンにもこれほど人がいたのかと思うくらい。今ではすっかり通勤風景の一部になった風車の De Valk も、今日は胴体がオランダ国旗の色、赤・白・青の三色に!?(写真)。どこを向いてもオランダの三色旗の色とオレンジ色であふれて、皇室の日、というよりは「オランダの日」という感じだと思った。ちなみに「オレンジ色」というのは、オランダの皇室 Oranje-Nassau (オラニエ・ナッサウ)家の色。ついでに、色をあらわすオランダ語は次のとおり。

オランダ語 英語 コメント
wit white □白 witte beer 'white beer' 白ビール(?)、発酵度が浅いビール。レモンを入れて飲む。夏はとくにおいしい!
geel yellow 黄色 でも、イエローページはオランダでは gouden gids 'golden guides' 「金色の案内書」といいます。
oranje orange オレンジ 果物のオレンジは sinaasappel 。
rood red rode ui 「赤たまねぎ」。 次回活躍、請う、ご期待。
groen green グリーン groente は野菜。覚えやすくてよい?
blauw blue Delfts blauw 'delftware' 青と白の「デルフト陶磁器」は有名。
bruin brown 茶色 コーヒーが入りましたよ、というときには、de koffie is bruin 'the coffee is brown' 「コーヒーが茶色になった」というのだそうです。
grijs gray グレー een grijze dag 'a grey day' というと「くもりの日」。オランダでは4月から5月のはじめにかけて例外的にお天気続きでしたが、ここのところ毎日 grijze dag に逆戻り。ものの本によると、今年はすでに、一年間で天気のよくなる日数分を使い果たしてしまったとか。
zwart blac ■黒 het zwarte schaap (van de familie) 'be the black sheep (of the family)'文字通りには「黒い羊」ですが、「かわりもの」という意味。


さて英語にするときには「Queen's Birthday (女王の誕生日)」というのが定訳になっている4月30日、実はオランダ語では単に、Konninginedag 「女王の日」(Konningin = 「女王」, dag = 「日」)。この日は実は、一代前のユリアナ女王の誕生日。現ベアトリクス女王の誕生日は一月末というまだまだ寒い時期で、そんな日にはとてもうかれた気分にはなれないから国民が気の毒だ、いうわけで、1980年に即位したとき「女王の日は4月30日のまま」ということになったそう。

ちなみに国王は、koning, 王室を示す形容詞は、koninklijk。 -lijk という語尾は、ちょうど英語の -ly のように形容詞をつくる。オランダの団体や施設名の略称を見ると "K" ではじまるものが多いが、これはほとんどの場合がこの Koninklijk 「王立」を示している。私がこちらに来てから一番お世話になっているのは KITLV 「王立言語地理民族学研究所」(和田祐一氏訳)の図書室だが、これも、

Koninklijk Instituut voor Taal-, Land- en Volkenkunde (The Royal Institute for Language, Land, and Culture)

の略。ただし、現在の英文正式名称は、The Royal Netherlands Institute of Southeast Asian and Caribbean Studies 「オランダ王立東南アジア・カリブ学研究所」。有名なオランダの航空会社 KLM も、もともとは Koninklijke Luchtvaart Maatschappij (Royal Aviation Society) の略。現在の英語名は、KLM Royal Dutch Airlines となっていると思う。オランダではどうやら、なんらかの理由で団体名が変わっても略語はそのまま残すこともよくあるらしい。だから略号と団体の名称が完全に違ってしまっていて、たずねてもなんの略なんだかわからず、首をかしげられることもあって、おもしろい。

現在ではなんでも K ではじまっているように感じられるくらい「王立」を冠した名称が多いオランダだが、もともとは連邦共和国だった。ナポレオンの侵略などを経て国民が自分たちも王室をもたねばという意識を持つようになり、推されて即位したのが最初の国王であるヴィレム一世。(即位後、不満を持っていた南部は後にベルギーとして独立した。)そんな経緯を反映してか、王室と国民の間の関係は非常にゆったりしたものであるように感じられる。『オランダでして良いこと悪いこと』という本を読んでいると、自分たちの王室の存在価値を問われると、なくてもいいようなことをいうオランダ国民だけれど、その一方で王室のことを悪く言われると気分を害することが多いとか。それって、救いようがないと思っている自分の家族でも、他人に悪く言われるとやっぱり気分がよくないのとまったく同じではないか。オランダの王室はやっぱり、国民にとって身近な存在であるのに違いない。

実は、この少し前のこと。第三子ご誕生予定の「皇太子妃 ○○病院にご入院」というニュースが流れ、報道関係者一同、みな病院の正面にはりついていた。そんななかでご本人のマクシマ皇太子妃の方はといえば、キュウーケンホフのチューリップ・ガーデンに小さいお子さん二人の手をひいて大きなおなかをものともせず颯爽と現れたそうだ。偶然その次の日にキューケンホフを訪れた私たちは、ガイドさんから話を聞いてみな、くすくす笑い。そんなおちゃめな一面も、オランダの皇室が現在も市民に好意を持って受け入れられている理由のひとつかも知れない、と風にゆれるチューリップをみながら思ったりした。


(追記)
29日の日曜日、30日の女王の日(祝日)とはじまったこの週は、5月1日の「労働者の日」(平日)、5月4日金曜日には「戦没者追悼日」(平日、夕方半旗掲揚、夜8時に黙祷)、5日の土曜日は「(第二次大戦におけるドイツからの)解放記念日」(祝日)。国家としての「オランダ」にちなんだ行事が続きました。5日の土曜日には近所の商店街がバーゲンや青空市で大賑わい。オランダの歴史・習慣・社会のことをたくさん学んだ一週間でした。

なお、4月・5月のその他の祝日は、主として復活祭と復活祭にちなんだキリスト教関係の祝日になります。全部まとめると次の表の通り。ちなみに5月17日の祝日を知らせてくれた秘書さんからのメールには
「客員研究員のみなさん、念のため申し添えます。オランダでは一年中こんなに祝日ばかりあるわけではありません。」

日にち オランダ語 英訳  
4月6日 Goede vrijdag Good Friday 聖金曜日
4月8日 paasdag Easter Sunday 復活祭
4月9日 paasdag Easter Monday 復活祭・翌日
4月30日 Koninginnedag Queen's Birthday 女王誕生日
5月4日(注1) Dodenherdenking Remembrance Day 戦没者追悼日
5月5日 Bevrijdingsdag Liberation Day 解放記念日
5月17日 Hemelvaartsdag Ascension Day キリスト昇天祭
5月27日 1e Pinksterdag Pentecost, Whit (Sunday) 聖霊降臨祭
5月28日 2e Pinksterdag Whit Monday 聖霊降臨祭・翌日
(注1) 戦没者追悼日のみ、平日。他はすべて祝日。
 

<参考文献>
和田祐一. 1980. 「オランダ 一九七九」. 『民博通信』 No. 9, 2-7.

[写真]4月30日、今日は街中がお祭り!
女王誕生日1
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市役所
市役所
 
女王誕生日2
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女王誕生日3
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女王誕生日4
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女王誕生日5
女王誕生日5
 
風車1
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風車2
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