国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究スタッフ便り 蘭語学ことはじめ

研究スタッフ便り『蘭語学ことはじめ』

6月(1)  長いなが~いオランダ語の単語
オランダ語を読むときには、単語がどこで切れるかの判断が正しくできれば半分読めたといっても過言ではないと思っている。前回のスープのレシピに出てくる kruidenbouillontabletten なんて、おなかがすいているときだと見ただけで卒倒しそうになるが、心を落ち着けてよくみれば、

kruiden 「ハーブ」
bouillon 「スープ (日本語でもフランス語からの借用で「ブイヨン」といいますね)」
tablet 「かたまり」
-(t)en 「複数形語尾」

という四つの形がそのままくっついただけで、な~んだ、固形スープの素のことではないの、とわかることになる。そう、オランダ語を読むときには、長い単語をみても平静さを失わないことがとても大事なのだ。olijfolie や trostomaten だって、見た目は意味不明だけれど、落ち着いてみれば、

olijf 「オリーブ」
olie 「オイル」

tros 「蔓、ふさ」
tomaat 「トマト」
-en 「複数形語尾」

ね、問題ないでしょう?発音も、 olijf-olie とふたつの構成要素はあくまで独立した要素として読み、一緒にかかれた単語 (たとえば、オリーブオイルの真ん中の f と o ) が発音上、べたっとくっつくことはありません。ここで英語の分かち書きはやっぱりありがたい、と思うか、解読しながら読めるオランダ語の方が楽しくてよい、と考えるかは個人の好みの問題。

オランダ語のクラスでも、テキストに長い単語がでてきて運悪く読むのがあたってしまった人が苦しんでいると、くすくす笑いが広がったりして。わざと長い単語を黒板に書いて読ませてくれたりする(?)先生もいます。たとえば・・・

papegaaieneieren

これは、
papegaai 「オウム、インコ」
en 「つなぎの語尾」
ei 「たまご」
-(er)en 「複数形語尾」
と分かれるそう。

さて、そんなこんなしているうちに、ちょっとした作文を直してもらうためにオランダ人の同僚の研究室を訪ねることになった。普段は用があってもたいていランチのときに用がすんでしまうことと(1月(2)参照)、私の研究室がキッチン兼ダイニングルームに近くてどちらかというと他の研究員が私の部屋にきてくれることが多いから、ほかの研究員の部屋を訪れることはあまりない。

部屋に入ってまず驚いたのは、英語や彼の専門のインドネシア語の辞書と並んで、机の上にオランダ語でどの単語がどこで切れるのかが書いてある辞書 (名づけて『オランダ語分かち書き辞典』) がのっていたこと。そして私の作文にでてくる言語学関係のことばについて、分けるべきかひとつに書くべきかというのをひとつずつ、この辞書をひきながら添削してくれた。私にとっては、添削してもらって見違えるようになった作文よりも、この辞書の存在を知ったことのほうが大きい同僚訪問であった。後になってから日本語を知らない友人に『漢和辞典』で漢字の読みを調べる話をして、笑われたことを思い出したりして。(関係ないけど。)

で、この『オランダ語分かち書き辞典』のことがその後どうしても忘れられず、とうとう借りてきてしまいました。以下にそのなかから長い単語をいくつか。

1. computerreserveringssysteem = computer + reservering(s) + systeem
2. mensenrechtenconferentie = mensen + rechten + conferentie
3. arbeidsongeschiktheidsverzekering = arbeid(s) + ongeschikt-heid(s) + verzekering
4. natuurbeschermingsorganisatie = natuur + bescherming(s) + organisatie
5. voedingsmiddelentechnologie = voeding(s) + middel(en) + technologie


意味
1. コンピューター予約システム
2. 人権集会
3. 休業保険
4. 自然保護団体
5. 食品加工技術

こうして書いてみると、オランダ語の単語の長さもさることながら、漢字で書かれた語の短さにも改めて感動したりもします。それはさておき、上の例のなかでも、computer, system, conferentie, natuur, organisatie, technologie など、英語の知識を当てはめれば、どうにかなる部分も結構あるのが、ヨーロッパ言語学習でお得な部分。というわけで、突然ですが次の単語はどこで切れるでしょうか。

1). 名詞
  オランダ語の単語 意  味
1. feestdag 「祝日」
2. stoptrein 「各停電車」
3. bonuskaart 「ポイントカード」
4. snelkookrijst 「即席ごはん」
5. molenmuseum 「風車博物館」


答え
1. feest + dag feest 「パーティー、お祝い (cf. feast)」 dag 「日 (day)」
2. stop + trein stop 「停まる (stop)」、trein 「電車 (train)」
3. bonus + kaart bonus 「優待 (cf. bonus)」、 kaart 「カード (card)」
4. snel + kook + rijst snel 「速い」、 kook 「調理 (cook)」、 rijst 「米、ご飯 (rice)」
5. molen + museum molen 「風車 (mill)」、 museum 「博物館 (museum)」


なお、この辞書について、私は「どの単語がどこで切れるのかという辞書」なのだと信じていましたが、オランダ人の同僚は「単語がどうくっつくか調べる辞書」と呼んでいました。ちなみに正式書名は、

Woordenlijst Netherlandse taal
word(en)-lijst = 「単語リスト」 (word list)、Netherlands(e) = 「オランダの」、taal = 「言語」

というわけで単に、『オランダ語単語リスト』。つかう人によって、かくも認識が変わる辞書もなかなか珍しいかも。

下写真: 『オランダ語語彙集』、通称「緑の本」。
 街で見かけたトラック。荷台いっぱいに端から端まで書いてある
 Reststoffeninzameling は「ボロ布回収車」という意味。
 ちなみにVLICO が会社名、Leiderdorp はライデン郊外にある街の名前。