国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究テーマ・トピックス|飯田卓

日本のマスメディアにおける異文化表象

 

1980年代以降、人類学界に「表象の危機」と呼ばれる事態が訪れました。従来まで科学的とされてきた民族誌の記述は、実は部分的な事実の寄せ集めにすぎず、それらの部分的事実を取捨選択し構成する過程が読者には隠蔽されている、という声があがったのです。そして、対象社会が広い社会的文脈(国家や世界システムなど)からまるで孤立しているかのように書かれた民族誌や、調査者-被調査者という権力関係のもとで進められたインタビューの方法などが批判されていきました。ひとつの批判から始まったこの論争は次々に新たな批判を生み出し、21世紀に入った現在も決着がついたとはいえません。


ところが、人類学者たちがこうした論争に熱中しているあいだに、多くの日本人が自分たちの足で海外へ出て行き、じかに異文化と接するようになりました。それにともない、海外ドキュメンタリー映像や紀行文、観光案内、さらに最近ではホームページなどのかたちで表象された「異文化」が巷に溢れるようになりました。こうした状況のなかでは、難解な議論に熱中する人類学者の書いた民族誌など不要なものではないか・・・そんな声さえ聞こえてきそうな気がします。


人類学者の一人として、そこまで言い切ることはできません。しかし、人類学者たちが異文化表象について従来おこなってきた議論は、民族誌というきわめて限定されたジャンルにとどまってきたという気がします。より広く現代日本という文脈の中でおこなわれている異文化表象を論ずることは、現代を読み解く重要な視座となるのではないでしょうか。それはただ、マスメディアで流通した作品をあげつらおうということではありません。論争の輪をいたずらに広げようとするのでもありません。異文化を表象した作品が現代日本でどのようなかたちで流通しているのか、そのなかで人類学者の作品がどのような価値を持っているのか。それらを明らかにすることで人類学界とマスメディア界の双方を活性化させ、さらには現代日本の現状をも浮き彫りにする――というのがこの研究テーマの隠れた意図です。


この研究課題に関しては、みんぱくの重点研究「文化表象の博物館人類学的研究」の下部研究班として、2001年度から研究会を催しています。実際にオンエアされたテレビ番組から日本の視聴者の意識について議論したり、著作権問題から新時代のメディア制作の可能性について話し合ったりと、多岐にわたる試みをおこなっています。