国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究テーマ・トピックス|松山利夫

オーストラリア・アボリジナル研究

 

オーストラリア先住民アボリジナルは、200年をこえる植民主義のもとにおかれてきた。それは彼らの存在そのものに、脅威を与えつづけてきた。その彼らの生活の歴史と、文化の維持、再生の実態を研究。現在の彼らの法的地位をめぐっては「先住民権原法」(1993年制定、1998年改正、連邦法)の内容を分析した。また、それにもとづく先住民による先住民権原の確認請求申請を、クローカー島民の海域囲い込みを中心に検討した。これについては近く横山廣子氏編の共同研究報告書に掲載の予定。


現在、オーストラリア先住民の約8割は都市に居住する。いわゆる「都市居住アボリジナル」である。その彼らが植民主義に根ざした連邦法や州法にどのように対応し、いかなる戦略をとってきたかについて、南オーストラリア州の州都アデレードと、ニューサウスウェールズ州の地方町モリーで調査中。アデレードの事例については、『松山大学論集』6巻4号、『国立民族学博物館研究報告』18巻3号、および青柳清孝氏との共編『先住民と都市―人類学の新しい地平』(青木書店)に発表した。


地方町モリーについては、2000年から調査を開始している。1863年に植民がはじまった南オーストラリアと異なり、この地域はきわめて早くから「ヨーロッパ人」の影響下におかれてきた。目下、そうしたアボリジナルの地方史を調査中である。


また、このモリーにおいては、筆者がかつて研究を続けてきたアーネムランドや中央砂漠地域と比較するために、彼らの芸術活動を通じた文化の復興運動にも注目している。なお、アーネムランドにおける伝統志向型の社会についてはNHKブックスに、先住民の神話と現代に関しては角川書店から、それぞれ報告書を出している。


「オーストラリア人」社会において、モリーはいまなお差別的な町とされる。それはチャーリー・パーキンスのフリーダム・ライド以降も変わらない。人口1万5000人の町に4000人ほどのアボリジナルが居住する。しかし、アボリジナル人口は正確にはわからない。彼らは国勢調査(センサス)に強い抵抗感をもち、多くの人がこれに応じないからである。


なお、オーストラリアにおけるセンサスがアボリジナルをどのようにとりあつかってきたかについては、『国立民族学博物館研究報告』25巻3号に短い報告をしている。


最後に、このページには写真が一切ないことに触れておく。これまでの調査地を含めて、電子媒体に写真を掲載することの許可を、私はアボリジナルから得ていないためである。