国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

生きものをめぐって(2) ─ ヒツジ ─

異文化を学ぶ

イスラームの宗教行事にヒツジを屠る犠牲祭がある。預言者イブライムは信仰の証しに息子のイスマエルを生贄にしようとした。その従順で一途な行為を永久に人びとの記憶にとどめようとしてはじまった儀礼である。

各々の家庭では経済力の許すかぎり、この宗教的義務を全うしなければならない。犠牲祭の数日前から連れてこられたヒツジは、何も知らずにそのときを待つ。すぐ横で別のヒツジが殺されても動じない様子は、従順さの象徴であるかのようだ。この日、人口1000万のセネガルではおよそ60万匹のヒツジが消費される。毎日何万頭ものヒツジが国境を越えて隣国からやってくるが、犠牲祭のヒツジだけには「入国税」が免除されるとのことだ。

命を存えたヒツジには「出国税」が課せられるのだろうか。

国立民族学博物館 三島禎子

毎日新聞夕刊(2005年6月15日)に掲載