国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

バブリーなアジア(5) ─開発バブルと先住民─

異文化を学ぶ


マレーシアの先住民オラン・アスリは、狩猟採集や移動耕作をして暮らしてきた人びとである。しかし、現在では、開発やグローバル化の影響により、彼らの生活世界は大きく変貌(へんぼう)している。

私が調査しているオラン・アスリの村では、1970年代以降、政府主導の開発プログラムが次々と実施された。例えば、家屋建設プロジェクトでは、耐久性の優れた家が建てられ、村びとに無償で提供された。ゴムのプロジェクトでは、ゴムの苗木が無償で植えられたばかりでなく、肥料や農薬などを購入する補助金も支給された。プロジェクトに参加した村びとは新しい家に移り住み、ゴム液採取の仕事で安定した現金収入を得ることができるようになった。

こうした「開発バブル」とでも言えるような状況の中、一部の村びとの経済生活は確かに豊かになった。しかし、村に投入された開発資金には限りがあり、しかも、それらは平等に配分されたわけではなかった。プロジェクトに参加した村びとと参加できなかった村びとの間には当然のごとく経済格差が生じるようになり、村社会に不調和がもたらされた。

「開発バブル」は、村びとに経済的に豊かな生活を提供したのかもしれないが、それと同時に、村社会の秩序や村びとの心に取り返しのつかないダメージを与えてしまったのかもしれない。

国立民族学博物館 信田敏宏
毎日新聞夕刊(2008年7月2日)に掲載