国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

陸を越え海を渡ったモノ(1) ─交易と商人─

異文化を学ぶ


古来、人は大海原を渡り大陸を越えてモノを運んだ。モノを通して、見知らぬ者同士が相手を畏(おそ)れながらも互いに必要としあう関係を結んできた。これを交易という。

運ばれたモノにはさまざまな種類がある。塩、金銀、香辛料、茶、人間(つまり奴隷)、馬、羊、豚、絹、明礬(みょうばん)、木材、ガラス玉、毛皮など、生活必需品から奢侈(しゃし)品まで多様である。それぞれのモノが、世界のどこかで歴史上の大きな役割を果たしてきた。

この営みをもっぱら担った人びとは、「商人」と呼ばれる。商人には地域や民族、宗教に応じて名称が与えられている。バルカン商人、ユダヤ商人、ソグド商人、アルメニア商人、近江商人、ムスリム商人。

交易で扱われるモノは地域で異なる。たとえば、羊の放牧が盛んなバルカン地方では、ヴラヒと呼ばれる少数民族が羊の商いで財をなし、ルーマニア独立運動に活躍した。セルビアでは、豚を扱う大商人が初代国王にさえなった。

商人は交易のために故郷を離れ、異邦へおもむく。その旅は危険に満ちており、死出の旅路ともなりかねない。ゆえに人は加護を求めて神や仏へ祈りを捧げる。また異邦で商人は異人として畏れられもする。だが、他者を必要とする交易によって人びとは結ばれ、世界がつくられてきたともいえるのだ。

国立民族学博物館 新免光比呂
毎日新聞夕刊(2008年8月6日)に掲載