国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

陸を越え海を渡ったモノ(4) ─芋の名は─

異文化を学ぶ


いつも身近にあり、日常生活に欠かせないもの。ところが、実はそれが遠い昔に山を越え、海を渡って、はるか彼方(かなた)の別世界から伝わったものだったということは、よくある話である。日本人の主食の米もまたしかり。それらが大陸から伝わった歴史的背景をもつことは、多くの人が知っていることだろう。

南太平洋のバヌアツ共和国に浮かぶトンゴア島。人々の主食はタロイモやヤムイモ、キャッサバなどの芋類である。なかでもキャッサバは、食卓に上らない日はないと言ってもよいくらい、よく食べる。いわば主食のなかの主食だ。しかし、このキャッサバ、もとから島にあったものではなく、100年ほど前に伝わった意外と新しい作物なのである。

と、ここまでは、日本人にとっての米の場合と同じく、よくある話である。ところが、珍しいのはその名前。島の人々はキャッサバのことをエナと呼ぶ。実はこの呼び名、キャッサバを島に伝えたエナールというフランス人の名前に由来するものなのだそうだ。さしずめ、「こめ」という名前が、日本に米を伝えた、いにしえの大陸人の名前に由来するというようなものか。ちょっとびっくりするような話だが、いちばん驚いているのは天国のエナール氏だろう。何しろ、自分が伝えた作物が主食のなかの主食となり、しかもそれが自分の名前で呼ばれているのだから。

国立民族学博物館 白川千尋
毎日新聞夕刊(2008年8月27日)に掲載